100000Hit 記念小品

OL鈴のとある日常

【キャスト】

『リーゼントな山田君』 より
 木下鈴 (26歳)
 山田麗 (26歳)
 沢田麻紀 (26歳)
 上司 (55歳) ・・・校長先生

『虚空の方舟』 より
 レナリア (21歳) ・・・レナ
 江渡 (32歳) ・・・エド
 林社長 (47歳) ・・・イェン・リン




数階建てのビルの一室。
ここは、日本でも有数の食品メーカー、アークフーズの本社オフィスだ。
その総務で働く木下鈴は、明日の新事業発表会とそれに続く懇親会の対応に追われていた。

「えーーーーと・・・明日持ってくものはこれとこれで・・・」
「鈴、名札は?」
「そーだ! それ、箱に入れてくれる?」

同期入社で気心の知れた、同じく総務の沢田麻紀とともに、入念にチェックする。
明日、二人は受付を任されている。
これから力を入れていく新事業のお披露目とあって、失敗は許されない。

来賓の名簿や必要な書類は打ち出した。
いくつかの変更は、会場となるホテル側の担当者に先ほど連絡した。
なかなか捕まらなくてあせったが、きちんと対応すると彼は保障したので心配ないだろう。

確認を終え、残る通常業務を手早く片付ける。
帰る頃には、軽く夜の九時をまわっていた。
それでも、連日の残業に比べれば早く上がれた方だ。

「じゃ、明日ねー」
「ほーい」

軽い返事をした麻紀と、ビルの前で別れる。
真夏の都会は、夜でも蒸し暑い。
うんざりしながら歩き出すと、唐突に低い声が投げかけられた。

「今、帰りか?」
「ひっ!」

思わず飛び上がった。
おそるおそる振り向くと、声の主は営業部の同期、山田だった。

鈴は、目つきが悪く威圧感あふれる彼が、非常に苦手だった。
入社式にリーゼントでキメた彼の姿は、忘れようと思っても忘れられない。
今はちょっと大人しめになっているが、お近づきになるには少しためらいがある。

「あ、あー明日の発表会、山田君も手伝うんだよね?」

営業部から応援に駆り出された者の中に、彼の名前があったことを思い出す。
彼は無言で頷いた。

「会場ではよろしくね。 ・・・じゃ」
「駅まで送る」

さくっと逃げようとした鈴の足を、ドスの効いた声が留める。
街灯にキラリと光る両目に逆らえず、鈴はびくびくしながら頷いた。




翌朝。
鈴は会社に寄った後、麻紀とともに電車で会場に向かった。
段ボールに詰めた品は、社用車で上司が運ぶ手筈になっている。
吊革に掴まっていると、ふと昨日の帰りを思い出した。

「・・・そういえば昨日、山田君に駅まで送ってもらったの」
「へええーーー」
「最近、よく会うんだよね」
「そっかーついにか」

麻紀は意味ありげな笑みを浮かべた。

「ついに?」
「そ。 ついに」

が、怪訝そうにする鈴にそれ以上何も言わなかった。




受付に立ち、続々と訪れる来賓とマスコミに対応する。
慌しく時間が過ぎて行き、発表の時間がやってきた。
静かになったホールに、会場から漏れる拍手が響く。
もう、来客はほとんどないだろう。
片付けを始めようとした二人を、上司が向こうから手招きをした。

「君たちも勉強になるから見ておきなさい」

促されてそっと会場に入った。
広間の前方で、鈴よりも若い女性が新事業の概要を説明している。

「・・・将来の農業の工業化を見据えた、我が社の戦略は・・・」

凛とした声を聞きながら、鈴が呟く。

「あれが噂の・・・」
「企画課のレナリアさんだね」

麻紀が相槌を打つ。
レナリアは、切れ者の女社長、林がスカウトしてきた人材だった。
飛び級で海外の大学を卒業し、弱冠20歳で入社した彼女は、新事業の立案を一身に任されたと聞く。
外国籍だが、彼女の日本語は完璧だ。

(すごいなー)

感心しつつ、鈴は彼女の発表に見入った。




懇親会も無事終わった。
林社長は他のお偉いさんや外部の来賓との接待に行くらしい。

(素敵だなあ)

黒塗りの車で去っていく美貌の女性社長を見送りながらため息をつく。

「さーてと、私らも会社に帰りますかー」

麻紀の明るい声に頷いて、鈴は駅へと歩き出した。




社に戻り、物品の片付けを終えた二人を、上司は机の傍に招き寄せた。
何の用だろう、と歩み寄ると、今日はもう帰宅していいと言う。

時刻は定時を少し過ぎたばかり。
日々の残業に疲れ果てた鈴には、薄くなった彼の頭が違う意味で輝いて見える。

手早く帰り支度をしてビルを出た二人は、顔を見合わせた。

「ご飯食べてく?」
「いいね、金曜だし・・・あ」

ピロピロピロ・・・

ちょっと待ってて、とジェスチャーして麻紀は自分の携帯に出る。
何の話をしているのか、「んんー」 と唸りながら鼻のてっぺんに皺を寄せた。

「しょーがないなー・・・うん、後でね」

電話を切り、鈴の方に向き直る。

「今日の発表会に参加した若手で飲むらしいんだけど、行く?」
「え」
「たまには他の部署の人と交流するのもいいと思うよ!」
「ええーと・・・」
「じゃあ、いこっか!」

戸惑う鈴を引きずって、麻紀は軽やかに歩き出した。




「ビール! もう一杯お願いします!」
「ちょ、レナリアさん、6杯目でしょそれ!」
「いーでしょう! 私、もう21だし。 江渡さんもほらほら」
「僕はあまりお酒は・・・」
「私の酒が飲めないの!?」
「いや・・・」
「いーから飲め!」

目の前の喧騒についていけず、鈴は目を丸くする。
なみなみと日本酒を注がれて慌てる男性に向いていた茶色の瞳が、突然こっちを見た。

「今日は受付にいらっしゃった木下さん、ですよね? ちゃんと食べてます?」
「え、はい」
「あ、明太豆腐グラタンが来ましたよ」
「う、あ、ありがとうございます」

どうぞ、と料理を示される。
そして彼女は先ほどの男性に向き直り、「居酒屋ってサイコーね!」 と輝く笑顔で言った。
その様子を横目で見ながら、隣の麻紀に耳打ちする。

「・・・・・・あれ、レナリアさんだよね?」
「そーみたいね。 で、あっちは彼女と組んでる企画課のホープの江渡さん」
「あの人か。 噂は聞くけど、会うのは初めてだな。 でも、よく知ってるね」
「まーね!」

麻紀は肩を竦めて、つくねを頬張った。

その個室には、他にも、営業課や企画課の優秀な若手の面々が顔を揃えていた。
自己紹介されれば、いずれも名前を聞いたことがある社員ばかりだ。
何となく気後れしつつ、鈴はサワーを飲み下す。
と、お手洗いに行ってしまった麻紀の席から、大きな影が射した。

「・・・お疲れ」

ひっ、と思わず声を上げそうになって、どうにかそれを押し込める。

「や、山田君もお疲れ様・・・」
「・・・うす」
「・・・」
「・・・」
「営業部の山田さん、ですよね」

話が続かず途方に暮れる鈴に、レナリアからの助けが入る。

「ずっとお聞きしたいことがあったのですが、よろしいですか?」
「・・・どうぞ」
「その髪型、何て名前なんですか? 何か意味があるんですか?」
「・・・」

鈴は、びくびくしながら隣の山田君をそっと横目で見た。
今まで誰も突っ込めなかったことを、さらりと言ってのけるレナリアはやはり大物だ。

「・・・これは、リーゼントと言って」
「ふむふむ」

鈴の心配は杞憂だった。
嬉しそうに説明する彼と、聞き入るレナリアに、場の全員が胸を撫で下ろす。




その後は無礼講と言う名のどんちゃん騒ぎ。
けれど不思議ともう居心地は悪くなかった。

お開きとなった後、店の前で鈴はもう一度レナリアに話しかけられた。
昼間大勢の前で堂々とプレゼンしていた時の怜悧な表情ではなく、年相応の無邪気な笑顔に、思わず顔が綻ぶ。

「木下さん、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ」
「木下さんって素敵ですよね」
「えっ、そんなことは・・・」
「何だかすごく話が合いそうな気がします」
「そ、そうですか・・・?」

戸惑う鈴に、近くにいた江渡が耳打ちする。

「彼女、実はすごく人見知りでこうやって人に話しかけるの、珍しいんです。
 良ければ、仲良くしてあげてください」
「はぁ・・・」

曖昧に答えた鈴の腕を、レナリアは、華奢な体から想像できないほど強い力で、がっしと掴んだ。

「もっと飲みましょう! 今夜は帰しません!」
「え」
「じゃ、僕はこれで」

江渡は慌てて踵を返す。
だが、レナリアの空いた方の手が素早く動いて彼を引き止める。
彼女は、「夏の夜は短いから大丈夫!」 と意味不明の言葉を残し、二人を引っ張って消えていった。

その後ろ姿を見守る、麻紀と山田。

「送り狼になれなくて残念だったね」
「・・・」
「髪型の話に夢中になってたから、しょーがないっちゃしょーがないけど」
「・・・」
「次は頑張ってね!」

無言の山田を置いて、ひらひらと手を振りつつ麻紀はその場を後にした。



つづ・・・かない。

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