虚空の方舟 8

エイオスで、浮遊する都市と都市をつなぐ交通手段は、主に二つ。
車が走るハイウェイと、磁気式の列車が走るマグレヴウェイだ。
マグレヴは、居住地区の表層から10mほどの高みに渡された線路を走る、都市運営の交通機関である。
5〜8両編成で、流線形の先頭が特徴だ。
そのマグレヴウェイのステーションを遠目でよく観察する。

「大丈夫そうですが、どうしますか」
振り向いた青年は、後ろの二人に問う。
ステーションにはまだ、警戒態勢が敷かれていないようだった。
警官や黒服の男たちの姿は見えず、乗客の出入りがあるのみ。
先ほどのカーチェイスから時間が経っていないせいか、ハイウェイに重点を置いて捜索しているのかもしれない。
「行こう」
スタイナー教授の言葉に頷き、路地裏から足を踏み出す。




歩き出した彼らは、先程車に乗っていた時とは異なる服装をしている。
レナは少年の服に着がえ、黒髪短髪のカツラをつける。
スタイナー教授は別のジャケットを羽織り、エドは帽子を被るという風に。
変装と言うには少々頼りないが、しないよりは良い。

距離を置いて別々の客を装いながら改札を抜け、エスカレーターでホームへと上がる。
思ったより客はまばらだ。
教授やレナを視界に入れつつ、エドは挙動不審にならぬよう最善の注意を払う。
一度、駅構内を巡回する警察官とすれ違ったが、幸いにもこちらに気づいた様子はなかった。

ホームに風が吹いて、マグレヴが到着する。
三人は、同じ車両の離れた席に座った。




* * *




数十分後。
浮遊都市の間に渡されたチューブを幾つも通過し、彼らを乗せたマグレヴがようやく 「ゴリアテ」 のグランドセントラルステーションに到着した。
各路線が複雑に交差する巨大な駅は、けれど、ビル群に取り囲まれ車窓からほんの一部しか見えない。

眩しいほど明るいホームに、車両は静かに止まる。
空いていた車内は、この駅に到着するまでにそこそこ混雑していた。
ドアが開き、一斉に乗客が降りる。




それまでホームや乗降客に目を配り、神経を研ぎ澄ませていたのが、目的地に到着した安心で緊張が解けたのかもしれない。
彼らの目配せを離れた場所から見ていた警察官が、隣の同僚に話しかけた。
二人はこちらに向かって歩き出す。
それに気づくのが、僅かに遅れた。

その動きに、最初に気づいたのはエドだった。
「警察二人がこっちに向かってる」
さりげなくレナに近寄って囁く。
少し後ろを歩く教授にも、早く、とジェスチャーで知らせる。
警察官たちは、次第に早足から駆け足へと変わる。
それに合わせて、三人も走り出した。




「そこの三人! 止まれ!」
すれ違う人々が怪訝な目で彼らの逃走劇を見やる。
走りながら、警察官は耳にかけた無線で応援を呼ぶ。
追う二人と追われる三人は、人にぶつかりながらも構わず構内を走り抜けた。
「ここ!」
レナが指し示す職員用の出入口に、三人は駆け込む。

入ってすぐ、レナは後方に向かって小さな球を投げつけた。
「催涙ガスの残りよ、急いで」
言うや否や、投げつけた方向に白い煙が充満する。
「何だこれは!?」
彼らに続いてそこに飛び込んだ警察官たちは、視界を遮る煙に足を止めた。
と同時に、目や鼻に痛みが走る。
まともにガスを食らった二人はもはや追跡どころではなく、その場でしばらく悶絶する羽目になった。




三人は細く薄暗い廊下を走り抜け、突き当りのドアからさらに螺旋階段を駆け下りる。
二階ほど降りたところで、下から駆け上がってくる複数の足音が聞こえた。
階段の隙間に見えたのは、『Belenus』 を開発した部屋にやってきたのと同じ、黒い制服の男たち。
(またあいつらか!)
エドは舌打ちをして、近くにあった踊り場のドアのノブを回す。
幸い、抵抗もなくドアは開いた。
レナはもう一発、催涙ガスの球を男たちに向かって投げつける。
「こっちだ!」
二人を先にドアの奥に行かせ、エド自身もそこに飛び込む。




そこは、マグレヴの整備場だった。
倉庫のような広い空間に、点検中の車両が何台も並んでいる。
車両の上には、簡単な手すりが付いた渡しが何本か架けられており、三人が開けたのはその一つへ通じるドアだった。
突然現れた彼らを、作業員が驚いた顔で見上げる。
三人は、スチールの渡しと靴底がぶつかる音を響かせ、全速力で走る。
その突き当りで、下方に向かう階段を降りようとした時。
不意を突いた方向から、何発かの銃声が三人を襲う。
エドのすぐ横で、教授が呻きながら倒れた。

「教授!」
ふくらはぎを押さえる老人の手の隙間から、血が滲み出している。
だが、助け起こそうとしたエドを、教授自身が制した。
「馬鹿! 先に行け!」
「しかし・・・」
二人の男が、数本隔てた渡しから銃を向けている。
ただならぬ様子に、作業員たちが逃げ惑う。
鋭い音と共に、白いエネルギー弾が近くの手すりで火花を散らす。
「いいから行け! レナを頼む!」
教授は手すりに支えられて立ち上がり、いつの間に携帯していたのか、上着の内側から小型銃を抜き男たちに向けて発砲した。
渡しを下りようと階段へ向かう彼らの足が鈍る。

僅かに逡巡したレナは、それでも数瞬のうちに決断した。
「私、行くわ」
「そんな・・・」
「教授、後で必ず助けに行きますから!」
そう言って、彼女は先へと走り出す。
階段を駆け降り、搬入用のエレベーターへと向かう。
その時、エド達が入ってきたドアから新たに男が姿を表した。

「ニルセン君、走れ!」
よろめきながら男に銃を向け、初老の科学者が叫んだ。
「絶対に生きててくださいよ!」
悔しさに歯を食いしばり、エドは階段を走り下りる。
エレベータホール外側の壁に備えられた装置に手をかけ、レナは叫んだ。
「エド、早く!」
エレベーターホールと整備場を隔てるシャッターが下り始め、少女は素早くその下をくぐる。
弾丸をかいくぐって、どうにか辿りついたエドも内側に滑り込む。
一瞬振り向いた彼はシャッターの隙間に、老人の背後から近づいた男が彼を引き倒すのを見た────。

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