虚空の方舟 18

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見渡す限り立ち並ぶ倉庫。
その一つの前で停まった車を降り、バリーが巨大な扉を開く。
薄暗い倉庫の中央には、輸送用の小型飛空艇が鈍い銀色の光を微かに反射して鎮座していた。
セジルが飛空艇の横腹に車を付けると、駆け寄ってきたバリーはドアを押し開け、レナ、スタイナー教授と彼に肩を貸すエドを降ろす。
そして、上官と入れ替わりで運転席に乗り込むと、男は無言のまま去ってゆく。
いつも皮肉げな上官と違って、彼の部下は揃って無口・無表情だ。
一言も無駄口を叩かなかった男を見送りながら、エドはそれを少し不思議に思う。




飛空艇に乗り込んで、少女は軽く首を傾げた。
「何でこんなに狭いのかしら」
この飛空艇のキャビンは極端に狭い。
本来貨物を積む部分も何かしら機材が詰め込まれてシールドされている。
「見かけは普通の民間機だが、改造が施されてる。
 戦闘機まではいかないが、かなりスピードが出るぞ」
「ふーん・・・で、パイロットは?」
「俺だ」
彼らの他に人が見当たらない飛空艇への問いに、セジルは自信満々で答える。
「俺は元々ウルスの保安飛空隊出身なんだよ、お子様は黙って従え」
胡乱な少女の視線と挑発的な男の表情が交錯し、一瞬火花が散る。
「─────あのさ、ちょっとこっち手伝って」
エドは慌てて二人の間に割って入った。
スタイナー教授を寝かせたまま固定する手助けをレナに求める。
彼らのやりとりを黙って見ていた教授は、かねてからの疑問を口にする。
「彼は何者だ?」
「あ、あのおじさんですか? ウルスの諜報員です」
少女の返答に、コクピットの機器を調整するセジルの周囲が凍った。
「・・・俺は26だ」
「えええ! 二十代!?」
「あ、年下!?」
「・・・ほう」
三者三様の反応をじろりと一睨みして、男は点検作業を再開する。

エドは、彼が協力するに至った経緯を説明しながら、座席を倒して恩師を横たえさせた。
「これから、ウルスに向かいます」
「そうか・・・手間をかけさせたな。 二人とも、すまない」
「いいえ、私こそあの時、教授を置き去りにしてしまって・・・」
微かに顔を歪めるレナに、気にするな、と教授は首を振る。
「おい、話は後だ。 急げ」
セジルの声がかかり、二人は手早く固定を済ませて各々の席に座る。




「これより滑走路に移動する」
男の言葉と共に、唸りを上げる機体がゆっくり動き始める。
飛空艇は暗い倉庫から外に出た。
窓から差し込む光の眩しさに、エドは目を細める。

住み慣れたエイオスをこんな形で去るなんて、想像したこともなかった。
────隣に座る少女に出会うまでは。
けれど、二度とここに戻って来れなくても、きっと後悔はしない。




飛空艇は滑走路へ向かうエレベーターに乗る。
滑走路は都市の下層にあり、都市の側面に設けられたゲートから飛空艇が発着する。
ゴトンゴトンという規則的な震動を繰り返しながら、やがてエレベーターは目的の階に達した。
そこから更に、外部の汚染を隔絶する幾重もの扉をくぐる。

最後の扉が開いて、飛空艇は前に押し出された。
正面に、滑走路とその先の四角い空が覗く。
「離陸準備終了」
これまで、セジルと管制室との交信は順調に進んでいる。
無事にエイオスを脱出できそうだと、エドが内心安堵した矢先。
『No1564、離陸許可・・・いや、待ってください』
オペレーターとの通信が一旦途切れる。




振り返ると、オペレーターの上司が彼女に耳打ちした。
彼の背後に、ものものしい保安部隊数名が控えている。
管制室を包む異様な雰囲気に緊張を覚えたが、命令を実行に移すべく彼女はモニターに向き直った。

『No1564、そのまま停止。 離陸は中止です』
「そうはいくかよ」
セジルが呟く。
すでに、飛び立つ用意はできている。
オペレーターの呼びかけを無視して、男はレバーに手をかけ思い切り手前に引いた。
『停止です! 今すぐ止まりなさい!』
その様子に気づいたオペレーターの絶叫は、エンジンの響きに掻き消される。
刹那、噴射口を青白く燃えたぎらせた飛空艇は、四角い空目がけ音速で飛び出していった。




最高速度を保ったまま飛行すること数分。
赤く点滅する計器を見やり、セジルは舌打ちした。
「保安部隊のお出ましだ」
苦々しく吐き捨てる。
後方に保安部隊の飛空艇が数機。
改造された機体だが、出力で勝る彼らに追いつかれるのは時間の問題だ。

頭に叩き込んだ地形を思い浮かべ、逃げ回る覚悟を決めた時、少女の声が響いた。
「『神の雷』 を使いましょう」
「・・・正気か」
それを聞いたエドも息を飲む。
「『神の雷』 が放射されると、磁場が狂って一瞬レーダーが効かなくなるわ。
 その隙を突いて逃げるのよ」

現在、軍事衛星の管理システムは停止し、連携して作動しない。
追跡者の目を奪い、天より飛来する砲撃を避け、衛星が個々に支配するエリアを離脱できれば勝ちだ。
うまく地上すれすれを飛べば、衛星の追跡機能を回避できる可能性もある。
だが、言うほど簡単ではない。

「しょうがない、一か八かってこういうことを言うんだろうな」
嘆息と共に、セジルは口元を引き締めた。




急角度で上昇するターゲットに、追跡する側の操縦者は冷笑した。
射程に捉えるまであと僅か。
彼には、それが死を目前にした無駄な足掻きにしか見えなかった。
あの飛空艇を操るのは、彼が尊敬してやまない政治家、ゲルンの邸宅を襲撃した者たち。
撃墜に、何の躊躇もない。
飛空艇を追って彼もまた上昇を開始する。

────だが、神々の怒りに触れる領域に近づいてなお、ターゲットは上昇を続ける。
その真意が掴めず、彼の脳裏を不安の影がよぎる。
手袋の中にじっとりと汗が滲んだ。

ついに、彼らはレッドゾーンに到達した。
危険な高度に入ったことを知らせる警報がコクピット内に鳴り響く。
『高度を下げろ! これ以上上昇すれば軍事衛星に捕捉されるぞ!』
本部からの命令に従い、やむなく追跡を一時断念して空域からの離脱を開始する。
だが、計器を確認すると、ターゲットは更に上昇を続けている。
(馬鹿な、自滅する気か!)
パイロットの驚愕をよそに、飛空艇の上昇は止まらない。




この瞬間、無音の宇宙空間で、衛星軌道上に散らばる巨大な軍事衛星の一つが目標を捕捉した。
長さ200mはあろうかという砲身の先が白く発光する。




轟音と共に辺り一帯を凄まじい光が覆い尽くし、大地を穿つ。
それは、十数年ぶりに地上に降り注ぐ 『神の雷』 だった。

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