虚空の方舟 24

翌日。
ウルスから、フォボス衛星監視局へと向かって飛び立つ機影があった。
今回の作戦に参加する人員は、総勢20名。
内、18人はウルス情報部の精鋭部隊である。
中には、ミーアとセジルが含まれている。
そして残りは、レナとエド。
『神の雷』 攻略作戦の要を担う二人であった。




小型飛空艇は夕闇に染まる海面を低く飛んでいる。
やがて水平線の彼方にそびえる巨大な建物が見えてきた。
そこが今回の作戦の舞台だ。
フォボスから十分な距離を保ったまま、機体はいったん静止する。

(今回のクーデターは保安部隊を動かすための踏み台か)
画面に映る無数の点を確認し、セジルは内心呟いた。
これらはエイオス保安部隊の飛空艇だ。
主力部隊のほぼ全てがここに集結している。
彼らに守られて、内部ではゲルンの指揮の元 『Belenus』 の準備が進められているのだろう。

ゲルンがデルタからここを奪取した理由は容易に想像できる。
フォボスには世界最高のセキュリティシステムが施されている。
外部からのアクセスが極端に制限されている上、十数個のセキュリティゲートと、どんな異物も見逃さない完璧なウイルス駆除プログラムが組まれているのだ。
レナですら、外からここのシステムを動かすには数日かかると言っていた。

「────もうしばらく待機ですかね」
「だな」
男は、部下の問いかけに頷く。
「・・・待つなんて柄じゃねえんだ。 早くおっぱじめてくれよ」
それに続いた上司の物騒な独り言を、部下は聞こえない振りで流した。




────その頃、フォボス衛星監視局・第一管制室は活気と緊張に包まれていた。
巨大スクリーンを最前列に階段状に機器が並ぶここで、行き交う技術者達が軍事衛星への足掛かりを整えている。
『神の雷』 に王手をかけた男は、その後方、最も高い段上から全体を見渡した。
一礼して歩み寄った部下が彼に耳打ちする。
「・・・『Belenus』 の準備が整いました」
ゲルンは頷き、ゆっくりと立ち上がって前に進み出た。

全員の視線が一点に集中する。
先程までの慌しさが嘘のように静まり返る室内に、朗々たる声が響く。
「・・・諸君らは歴史の瞬間に立ち会うことを許された。
 これより、エイオスは人類を統べる都市として長きに渡る栄華を極めていくことだろう」
ゲルンが言い終わった瞬間、大きな歓声が沸き起こった。
その腕が素早く振り下ろされ、人々はそれを合図に再び動き出す。

「中継衛星の座標取得」
「アンテナの固定、完了」
「データ送信準備、整いました」
「補正プログラム、準備完了」
「・・・・・・『Belenus』、起動」
最後に発せられた技師の声が、僅かに震えて上擦る。




同時刻。
フォボスから探知できるぎりぎりの位置から、海中を全速前進する艦隊があった。
闇に支配された海面に顔を出したその潜水艦には、デルタ海上部隊の紋章が入っている。
撤退を見せかけて引き返したデルタの部隊とその主力艦隊である。
無数の砲台がフォボス上空に向けられ、一斉に砲撃を開始した。
避けられなかったエイオスの飛空艇が、轟音と共に空中で四散する。

「デルタの潜水艦隊です!」
押し寄せる潜水艦の群れが空母管制室のスクリーンを埋め尽くす。
悲鳴じみたオペレーターの声に重なるように指揮官の命令が飛ぶ。
「応戦しろ! 奴らを残らず沈めてしまえ」
壮年の指揮官は、座席の肘を握り締めた。
「この状況を至急、首相閣下に連絡しろ」
「はい!」
緊張の面持ちで頷くオペレーターが素早く指を走らせる。
この時、海底で息を潜めていたごく小型の潜水艦、数隻が浮上を開始した。
海と空を飛び交うレーザー砲を避けながら、潜水艦は島を目指し航行を始めた。




「外の様子を映せ」
ゲルンの傍に開かれた画面では、激しい砲撃の応酬が闇に閃いている。
水中の相手に、エイオス部隊は善戦しながらも徐々に押されつつある。
内陸部にあるエイオスは海上の装備をほとんど持たない。 飛空部隊が主力だ。
飛空部隊は機動力こそ優れているが、水中の敵と渡り合うのは厳しい。
加えてデルタの潜水艦隊は世界最強と言われている。
だからこそ、脅迫してでもデルタと正面からぶつかる事態を避けたかったのだが、従順を装った老狸はやはり一筋縄ではいかない相手だったようだ。

顔を上げた男は、不安漂う室内を鋭く一喝する。
「我々には 『神の雷』 がある。 手を休めるな、急げ!」
言い終わらぬ内に、新たな爆発が建物を揺るがせた。
「そういうことか」
舌打ちして男は部下に伝令を急がせる。
「制御室の周りを固めろ。 外の戦闘は囮だ」

─────彼の読みは正しかった。
もう少しその判断が早ければ、二都市の主力部隊による衝突をかいくぐった敵の部隊がフォボスに上陸するのを防げたかもしれない。
しかし、すでに彼らは楔の付いたロープで断崖を攻略し、建物外部を警戒する兵に襲いかかっていた。
島周辺の大規模な戦闘に気を取られていたエイオス兵は声を上げる間もなく倒されてゆく。
そして、襲撃者はついに建物内部への侵入を果たした。

複雑に入り組んだフォボスの一角。
ゲルンの指示により内部のエイオス保安部隊は数箇所に固まって待機していた。
ガスマスクから覗く彼らの目に緊張が走る。
その視界に全身白づくめのデルタ兵が姿を現した。
「撃て!」
エイオス指揮官の命令と同時に、兵が引き金を引く。
次の瞬間、予想を超えた事態に彼らはパニックに陥った。
「ぐわぁあっ!」
銃が暴発し、兵の指を吹き飛ばす。
一瞬の混乱の後、素早く我に返った指揮官は銃の残骸を引き寄せた。
エネルギーを充填する部品の金属が目に見える速度で腐食し、ボロボロと剥がれ落ちていく。
「強力な酸化ガスか」
彼は青褪めた顔を上げた。
「近距離用の銃は使い物にならん! とにかく後退だ!」
言い終わる前に、周囲で光弾が弾けた。
激しい爆発にエイオス兵のほとんどが倒れ伏す。
生き残った僅かな兵は、強固なフォボスの内壁をいとも簡単に破壊したその威力に戦慄した。

撤退するエイオス部隊を尻目に、デルタ小隊の一人が部下に命じる。
「この一帯に中和剤をまけ。 第一管制室のコンピューターが使用不能になると困るからな」
手には、強化プラスチック製の実弾銃が握られている。
この銃は、金属を酸化させるガスの影響を受けない。
新型爆薬と酸化ガスは、以前からヤズミルが密かに開発させていたものだった。
これらを巧妙に使い、彼らは管制室への距離を徐々に詰めていった。

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