虚空の方舟 27

数秒が永遠の如く感じられる。
衛星が捉えた映像を二人は食い入るように見つめた。
一陣の砂煙が去った後の中空に────岩山のような都市の輪郭が浮かび上がる。
「間に合ったわ・・・」
「良かった・・・」
彼らは大きく息を吐き出した。

二人は第一管制室のプログラムに侵入し、『Belenus』 無しで照準の座標を書き変えたのだ。
彼らの卓越した技術があってこその離れ業である。
「・・・やっぱり、あなたが来てくれて良かった」
レナの笑顔に青年も微笑する。
だが、すぐに表情を引き締めた。
少女の凛とした声が響く。
「フォボス全体のコントロールをここに集中させるわ・・・ 『Belenus』 起動開始!」




* * *




第一管制室は恐慌に陥った。
室内の機器のほとんどが、一斉に操作不能となったのだ。
「別の 『Belenus』 がネットワークを侵食中です!」
罵声が行き交う中、技師たちが衛星の制御を取り戻そうと四苦八苦している。
(・・・レナリアか)
男は歯軋りをしながら、つい先程までは自分の手中にあった軍事衛星の映像を睨んだ。
デルタの派手な動きに気を取られていたが、彼らの裏でウルスもまた動いていたのだ。
「・・・侵入はフォボス内部からのようです。 場所は・・・予備管制室!」
「そこに保安部隊を向かわせろ! 急げ!」
鋭い声を飛ばし、苛立ちとともに傍らのオペレーターに問う。
「外からの救援はまだか!」
「急がせてはいますが、ゲート近くで交戦中のため飛空艇の進入に手間取っているようです」
「役立たずめ!」
壮年の男は苦々しく吐き捨てる。




混乱する第一管制室の周辺では、二つの陣営を激しい弾幕が飛び交っていた。
だが、通路を挟んで睨みあうデルタとエイオスは、膠着状態にある。
一旦後方に下がったデルタの指揮官は、事態を打開するための決断を迫られていた。
管制室に近いここでは新兵器を使えない。
そして、かなり相手の数を減らしたとはいえ、通常の武器による攻勢ではほぼ互角だ。
エイオスに救援が到着する前に、何としても片をつけたい。
デルタは陣営を少しずつ変形させ、兵を密集させる。
「・・・突撃!」
指揮官が大きく腕を振り上げる。
エネルギー銃を弾く盾が集中砲火によって破損したが、彼らは構わず前進する。
傷つき倒れる者を構わないその猛攻に、戦力を削られたエイオス側の陣形が崩れ始めた。
生じた綻びを一気に突く。
瓦解したエイオスの陣を突破し、彼らは管制室に流れ込んだ。




* * *




ほぼ同時に、セジルが率いるウルス部隊とデルタ別働隊の戦闘も終息しようとしていた。
動揺から持ち直したデルタ兵は、世界最強と謳われるだけあって強い。
最後に残ったセジルも壁際に追い詰められた。
彼の目の端で、銃を突きつけられたミーアが、ライフルを足元に投げ出して降伏する。
(そうだ、命は大事にしろよ)
内心呟いて、セジルはあの二人のことを思い出す。
(お前らも死ぬんじゃねえぞ)

数人の連携攻撃によって、男のナイフが弾かれた。
別の方向から襲い掛かる蹴りを避けられず、地に伏す。
「手こずらせやがって」
憎しみに満ちた言葉と共に、頭に銃口が当たる。
この距離では頭部の防具を貫通して、即死。
彼は覚悟して目を瞑る。
────だが、銃撃は訪れなかった。

「・・・攻撃を全面中止だと? 馬鹿な!」
無線に向かって怒鳴り散らす声に目を開ける。
リンのもう一つの作戦が間に合ったのだ。
「・・・やり手の議長さんにしては遅すぎるぜ」
嘆息とともに呟いて、疲労する身体を壁にもたせかけた。




* * *




「ウルスからの回線を繋ぎます」
秘書の連絡を受けて、頭上に通信画面が開かせる。
老人は完璧な笑みを作って顔を上げた。
「議長閣下、いかがした」
イェン・リンの黒い双眸がそんなデルタ大統領を冷ややかに見下ろした。
『ヤズミル大統領閣下、いえ、元大統領とお呼びいたしましょうか』
「・・・どういう意味だ」
『ルトワ最高司法院が先程、我々の嘆願書に基づきあなたの大統領権限に停止勧告を出しました』
目を剥く老人に、女は淡々と続けた。
『・・・そして、デルタ議会はそれを受理しました』

ウルス本隊が向かった先は、都市間の交易を荒らす空賊の本拠地。
ヤズミルは立場を利用して得た情報を空賊にもたらす見返りに、裏のマーケットで物資を売りさばいて彼らが得た利益の一部を懐に収めていた。

これを突き止めたリンは、フォボスの作戦と同時に空賊を壊滅させ、都市間の揉め事に介入するルトワ最高司法院に証拠を提出。
最高司法院に、ヤズミルの大統領権停止の勧告を出させた。
この勧告に法的拘束力はない。 だが、デルタには独裁的なヤズミルに不満を持つ政治家は多くいる。
リンは、水面下で彼らと接触を図って結束をうながし、デルタ議会を勧告受諾へと導いたのだ。

『あなたは足元にもたくさんの敵がおられた。
 敵の敵は味方と言いますので、それを利用させていただいたまで』
「この、女狐め・・・!」
老人はぎり、と歯を噛みしめ呻く。
受諾が事実なら、彼は一切の執行権を失う。
『・・・申し開きがありましたら、道連れにしようとしたデルタ市民に対してどうぞ』
憎悪のこもった視線を、女は意に介した風もなく受け流す。

────その時、誰かが扉を叩いた。
許可する前に、重厚な扉が開かれる。
『どうやら、お迎えが来たようですね。 では、私は失礼いたします』
画面から女の姿が掻き消えた。
「・・・今からあなたを拘束します、大統領閣下」
部屋に踏みこんだ男たちが、ヤズミルを取り囲む。
そして老人は、長く権力を振るってきたその牙城から退場した。




* * *




人影を摺りガラスの扉の向こうに確認し、彼らは目を見合わせた。
先頭の二人が扉を蹴り、突入した瞬間。
「────動かないで」
両側から彼らのこめかみに冷たい銃口が触れる。
驚愕した二人の正面にあったのは、椅子に立てかけた防弾スーツだ。
エドとレナはそれを囮に仕立て、扉の両側で突入の瞬間を待っていた。
「銃を捨てなさい。 早く!」
真横からの鋭い叱咤に、男は武器を投げ出す。
「・・・始まった」
銃を握る黒髪の青年が呟く。
その言葉につられて、侵入者は予備管制室のモニターを見上げた。

軍事衛星のエネルギー圧表示が急速に上昇を始めた。
放射可能な量を越えてなお、エネルギーは発射されず、内圧は上がり続ける。
画面の文字が赤に切り替わり、アラートが激しく点滅する。
そして限界点を振り切った刹那────
宇宙の闇に浮かぶ軍事衛星が、白い閃光と共に砕け散った。

「馬鹿な・・・」
息を飲む彼らに、少女はモニターを指差し警告した。
そこには、爆発を免れた唯一の衛星が闇に浮かんでいる。
「あの衛星の照準は、ここフォボスに向いてるわ。
 一時間以内に退避しないと、全員死ぬわよ」

copyright (C) 2008 * 水 中 花 * All Rights reserved.