虚空の方舟 平穏な食卓のやわらかな祈り

彼女は、料理の才がないというより、味覚オンチなんだと思う。




* * * *




せっかく買ってきた生のジャガイモ。
天然の食品、特に野菜類は貴重だし、高価だ。
でも、いつもいつも冷凍食品に合成澱粉、ビタミンのサプリメントじゃあ味気ない。
極秘のプログラム開発のために共同生活を送る同居人の少女が、その献立に不満を唱えたことはないが、買い出しに行った先で目についたそれを、僕は買い物カートに放り込んだ。




テーブルの上に置かれたジャガイモを、レナは興味津々で見つめた。
そしておもむろに申し出る。
「これ、私が調理してみていい?」 、と。
深く考えず、僕はそれを承諾した。
後から聞いたところによると、彼女は生のジャガイモを見るのはこれが初めてだったらしい。




その結果。

必要以上に皮を剥かれて小さくなったイモが皿に乗っかっている。
目の前の少女は、茹でたそれに緑色のワサビ風味調味料をたっぷり塗って、齧りつく。
しゃりしゃり、と生煮えらしき音が唇から漏れ聞こえる。

「・・・どう?」
「・・・こういうものだと思えばおいしい、と思うわ」

顰め面で再び齧ろうとしたので止めた。
ためらいがちに匙を置き、だめにしちゃってごめんなさい、と申し訳なさそうに呟く。
あまりにしょんぼりとした様子に、吹きそうになるのをかろうじて我慢した。

「いんだよ、気にしないで。 ところで、全部使っちゃった?」
「ううん、一、二個残した」
「じゃあ、ちょっと待っててくれる?」

パウチされた豆と切ったジャガイモを、缶のホワイトソースで煮込む。
彼女が残したジャガイモも、勿体ないので表面を取り除いてから鍋に放り込む。
ぐつぐつと音をたてる鍋の中身をかき混ぜながら、思い出した。
そういや、レナが用意する料理はいつも温めるだけのレトルトや冷凍だった。
それも、ピザと豆腐とか、変わった組み合わせの。

レナは僕が料理するのを背後からじーーーっと観察している。
正直、少しやりにくい。

塩と調味料で味をととのえ、皿に盛る。
乾燥ハーブを散らして完成。

「できたよ。 どうぞ」
「・・・おいしそう。 いただきます」

レナは目を輝かせて一口目を咀嚼し、絶叫した。

「・・・すごーーーーくおいしい! 天然のジャガイモって、こんなにほくほくしてるんだ!」

あっという間に料理を平らげ、匙を置いて嬉しそうに礼を言う。

「ごちそうさま、とってもおいしかった。 エド、ありがとう」
「いーえ、どういたしまして」

そこで、ふと気になったことを尋ねる。

「そういえば、今まで食事はどうしてたの?」
「うーん。 いつもその辺にあるのを適当に食べてたわ。
 必要なカロリーと栄養が取れればいいやって感じで。
 父も忙しくて、一緒に食事する人もいなかったし」

でも、今は前より食べ物の味が分かってきた気がするわ、と首を傾げる。
そして、しげしげと僕を見た。

「今は、エドと食べるからかしら」

・・・何だかひどく照れることを言われた気がする。
と同時に、彼女の孤独を想う。
一瞬よぎった複雑な感情を隠して、「そりゃ良かった」 とだけ口にする。

彼女は自分の言葉を反芻したのか、何とも言えない顔をした後で少し笑った。
プログラムを組む時の恐ろしいほど冷静で大人びた顔と違って、こういう時の笑顔はとても可愛らしい。

この共同生活もいずれ終わる。
その間に、彼女においしいものをたくさん教えてあげたい。
少しでも味覚オンチが治ればいいと、僕は密かに祈ったんだ。
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