花明かりの街で君と 前編

「あんた、いつまで辛気くさい顔してるつもり?」
アンシェがあきれた声で言う。
「そんな顔してません」
読んでいた本から顔を上げて、言われた方の少女は返した。
「だってさ、ため息ばっかついて、冴えない顔してるよ、いっつも。
 ティーが誘ってくれたパーティも、断っちゃったんでしょ?」
「もう、いいからほっといてよ」
チルーは少しうんざりして、この友人を睨んだ。
なのに、アンシェは髪の先ほども怯まずに言いつのる。
「ナーファなんか忘れて、さっさと新しい男を探しなよ」

彼女が心配してくれているのはわかる。
でも、こればっかりは。




ここは、何もない田舎町、クーブ。
チルーは、そこに代々続く、と言えば聞こえはいいものの、町の小さな魔法具屋の一人娘。
彼女はその魔法具屋を継ぐために、隣町アンダの魔法学校に通っていた。

クーブに他と変わったところがあるとすれば、それは温暖な気候を利用したティンサグの栽培だった。
ティンサグは、ふわふわした花弁が華やかで愛らしい、神殿に好んで捧げられる花だ。
魔光───魔法による光───を夜通し当てて、ティンサグの成長を促す栽培方法は、この街の風物詩と言えた。
そしてそれには、チルーのような魔法使いの見習いが、バイトとして雇われることが多い。
実際、おいしい仕事だ。
夕方、魔光を灯すための魔法陣に魔力を注ぎ込めば、後は何回か見回るだけ。
その時に、等間隔に配置された魔光ランプが切れていれば交換する。
天候や星回りによっては、魔力の流れが鈍って数時間で切れてしまうこともあったが、それほど頻繁ではない。  残りの時間は畑の真ん中に建てられた小屋で仮眠を取ってもいいし、そこで勉強したり本を読んだりしてもいい。
それを知っていて、アンシェは、彼女のバイト先によく顔を出すのだ。




「この先ずーーっとシャンピンに行っちゃったナーファを思って暮らしてく気? 乙女の命は短いのよ」
長命で知られるキジョカ族のアンシェの言葉は、説得力があるような、ないような。
見た目は二十歳ほどの彼女は、けれど、ゆうに百歳は超えている。
キジョカ族は森に住む民なのに、アンシェは人間の街に住む変わり者で、十年来、実家の魔法具屋の常連客だ。 それで自然と親しくなった。
とがった耳に濃いグリーンの瞳。 流れる白金の髪は、まるで絹糸のよう。
チルーは彼女を密かに羨ましく思っている。
なぜなら、自分は癖のある赤毛にオリーブ色の瞳。
父や祖母は可愛いと言ってくれるけれど、平凡な容姿なのは自分が一番知っている。

「別に、ナーファなんてただの幼馴染だし」
「チルー、あたしに嘘つくんじゃないわよ」
濃いグリーンの瞳が鋭く光る。
彼女を怒らせてはまずい。 チルーは話の矛先を変えた。
「ね、それよりアンシェ、わたし、この本を明日までに読み終わらないといけないの。
 だから、悪いんだけど今日はもう帰ってくれない?」
「・・・わかったわ。でも、いいこと? 次こそはティーの誘いに乗るのよ。 絶対よ」
小屋から出ていくアンシェを見送って、チルーは深いため息を吐き出す。




「もう半年経っちゃうんだなあ・・・」
ぽつりと呟く。
近所の幼馴染で2つ年上のナーファは、チルーと同じ魔法学校に通っていた。
田舎育ちらしくのんびりした性格の彼が、「卒業したら王都に行って、王宮魔法師になりたい」 と言いだしたのは、チルーにとって晴天の霹靂だった。

本当のことを言えば、チルーは幼い頃から、ナーファが大好きで大好きでたまらなかった。
病気がちな母親を早くに亡くした一人っ子のチルーにとって、兄弟同然に面倒を見てくれたナーファは実の兄以上の存在だ。
彼の青灰色の瞳は、いつも優しく笑っていた。
柔らかい灰色の髪が光を弾くのを見ていると、この上なく幸せだった。
できることなら、彼を追って王都シャンピンに行きたかったけれど、家業を継ぐ身では叶わない夢。
そもそも、思いを告げたところで、報われる気がしなかった。
彼が、自分を妹としか見ていないのは、分かり切っていたから。
ナーファがこのクーブの街を去る日、チルーは無理やりバイトを入れて、見送りには行かなかった。
さもなければ、盛大に泣いて引き止めてしまい、彼を困らせただろう。

そんなわけで、気持ちをひた隠しに振る舞ってきたが、どうやら彼以外にはバレバレだったらしい。
傷心のチルーをどうにかすべしと、アンシェは発破をかけたり、ティーは遊びに誘ったりしてくれる。
しかし、育ち過ぎてしまった思いは、すぐに捨てられるはずもなく。
(やっぱり、まだ大好きなんだよね)
闇に浮かぶ魔光と、町の明りを窓から眺めつつ、灰色の髪の幼馴染を思い出し、少女はもう一度ため息をついた。




「今日、バイトじゃないんでしょ? ユクシの誕生日パーティに行かない?」
授業が終わり、魔法使いの必須アイテム、箒を持って話しかけてきたのはティー。
彼女は、さらさら黒髪のおかっぱと、両のこめかみに入れた花柄の刺青が目を引く、小柄な少女だ。
魔法使いは、箒で空を飛ぶ。
チルーとティーは、クーブから、毎日一緒に空を飛んで通学している。
「うーん・・・」
「ね、行こうよ。 たまにはパーっと遊ばないと!」
チルーはアンシェの言葉を思い出す。
いい加減、彼女の言う通り、ナーファを忘れるように努力するべきなんだろうか。
「・・・わかった、行く」
「ほんと!? じゃあ、何かプレゼントを買いに行こうよ!」
ティーは嬉しそうに笑い、連れだって歩き出す。
そう、時間が忘れさせてくれるかもしれない。
まだ、胸はチクチク痛むけれど、いつかは。




「おっじゃましまーーす! これ、誕生日プレゼント!」
「こんばんは。 あの、私からもプレゼントです」
実は、チルーがユクシと喋るのは、これが初めて。
水魔法のクラスで一緒だったから、もちろん、顔くらいは知っている。
蜂蜜色の髪がくるくるした、笑顔が人好きする感じの少年だ。
彼は家の入口で、嬉しそうにプレゼントを受け取り、 「いらっしゃい」 と招き入れた。
すでに、パーティの準備は万端。
人見知りなチルーは、いろんな人に声をかけてまわるティーからなるべく離れないようにする。

二人が来てしばらくすると、部屋の明かりが消され、ろうそくに火を灯したケーキが運ばれて来た。
「誕生日おめでとう、ユクシ!」
ユクシがケーキのろうそくを吹き消した瞬間、魔力で作った小さな花火を全員で打ち上げる。
黄色や赤、青や銀色の光が、部屋中に舞い踊った。

「今日は来てくれてありがとう」
宴もたけなわ、というところで、チルーはユクシに声をかけられた。
「いえ、私こそ、招待してくれてありがとう」
「ね、突然でびっくりするかもしれないけど」
そう言い置いて、彼は続ける。
「君と、ずっと話してみたいと思ってたんだ。 よければ、友達になってくれないかな」
男の子からそんなことを言われたのは初めてで、ひどく驚いて固まってしまった。

「僕じゃ嫌かな」
強張ったままのチルーに、しょんぼりしたように彼は言う。
「や、ごめん、少しびっくりしただけだから・・・全然いいよ!」
「良かった」
嬉しそうに笑う彼を見て、チルーはぎこちなく笑い返した。

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