花明かりの街で君と 後編

いつものごとくバイト先の小屋に顔を出したアンシェは、ティーから聞いたのか、ユクシのことを根掘り葉掘り聞いた。
「・・・それで、何で前より暗い顔してんの」
「何でって・・・わかんないよ」
チルーはますます情けない顔になる。
その後、ユクシは事あるごとにチルーを誘った。
一緒に帰ろうとか、図書館で勉強しようとか。
ユクシは、とってもいい子だ。
話も面白いし、いろいろ気を遣ってくれる。
でも、ユクシと別れた後はなぜか、精神的にひどくぐったりしてしまうのだ。

以前よりもさらに盛大なため息をついた赤毛の友人に、思案深げにアンシェは言う。
「・・・気づいてないなら、教えてあげようか」
「なに?」
「あんたは、ナーファとユクシを比べてるのよ。 無意識に」
「・・・」
絶句。

言われてみれば、そうだ。
ふと気がつくと、いつも思っていた気がする。
それは例えば、(ナーファは灰色の髪だったな) や、(ナーファの指より細いな) などと。
だが、それが相手にものすごく失礼だと、鈍いチルーにも分かる。
あの優しい少年に、何てひどいことをしていたのだろう。
余計に落ち込んだチルーに、キジョカ族の娘は優しく言った。
「・・・まあ、他の男を見ろ、と言ったあたしにも責任があるよね。
 チルーの気持ちを軽く見てたことは謝る」
机に突っ伏したチルーの頭を撫でる。
明日、ユクシに謝ろう。
そう決意した彼女だった。




忘れられない人がいるから、そっとしておいてほしい。
そう言った赤毛の少女に、苦笑してユクシは答えた。
「・・・そう、言われる気がしてた。 君に、大好きな幼馴染がいるって、ティーが言ってたから」
「本当にごめんなさいっ」
深々と頭を下げる。
謝り続ける彼女に、そんなに気にしないで、と慌ててユクシは言う。
「もし、ふっきれたらいつでも声をかけてよ」
その瞬間の少女の表情を見て、ああ、と思う。
彼女の思い人には、勝てそうもない。

「じゃあ」
そう言って歩き出したユクシは、内心、ため息をつく。
彼は、あの少女の笑顔が、とても好きだった。
笑うとえくぼができるところとか、まあるい目が細められる瞬間が。
最近は、その顔が伏せがちだったので、余計気になっていた。
だから、願わずにはいられない。
彼女には、いつも笑っていてほしい、と。




「ナーファに思いを告げられなかったから、引きずってるのね」
「そ、そうかな?」
「そうよ」
ユクシとの顛末を聞いて、アンシェはなぜか自信たっぷりに言い切った。
「よく考えれば、チルーみたいな不器用さんが、誰かを好きなまんま他の男とくっつけるはずなかったんだわ」
白金の髪を揺らし、あたしが本当に馬鹿だった、と言った。

「ナーファが出発の日、見送りに来なかったのも、きっと原因の一つね」
「・・・ナーファに、迷惑をかけると思ったから」
だが、確かに、心残りかもしれない。
意気地無しの自分は、彼に、「頑張って」 の一言も言ってない。
「ナーファ、新年祭には帰省するの?」
「さあ・・・帰ってくるかも、っておばさんは言ってたけど」
「じゃ、そのときに告白してみれば?」
小屋に備え付けられた簡易な台所で、アンシェのためにお茶の準備をしていたチルーは、カップを取り落としそうになる。
「無理だよ!」
「でもさ、想像してみなよ。 他の男の人の隣にいる自分」
言われてみれば、他の男性と手をつなぐ自分すら、ちっとも思い浮かばない。
頭を振ると、もっともらしい顔で、「ほら、ね」 とアンシェは言う。

「・・・どうしたらいいと思う?」
このどうにもならない思いは、伝えてしまえばスッキリするのだろうか。
「とりあえず、あたしが今度、幻覚でナーファを作ってあげる。
 それで練習してみなさいな」
キジョカ族は、精霊の力を借りた魔法が得意だ。
幻覚の術も、その中に含まれている。
しばらく考え込んだ少女は、やがて心を決めて頷いた。




次のバイトの日に、と言ったアンシェだったが、約束の日に彼女はなかなか来なかった。
空から二回目の見回りを終えて、箒を手に小屋に入ろうとした時、目の隅に人影が映る。
「ナーファ」
高等魔法に属する幻覚の術は、魔法概論の授業で遠目に見たきりだったが、間近で見るそれがこれほど精巧なものだとは思わなかった。
どこからどう見ても完璧な姿で、彼女の幼馴染はそこに佇んでいた。
「チルー、ひさしぶり」
声も、正確に再現されている。
久しぶりに聞くやわらかい響きに、思わず涙が溢れる。
「ナーファ・・・」

ひとしきり泣くチルーに、その幻影は黙って頭を撫でてくれた。
掌の温かさまで伝わる本物らしさに驚きつつ、気を取り直して顔を上げる。
そうだ、練習だ。
「その、何から言っていいかわからないけど・・・」
息を吸い込む。
「わたし、ナーファのことが好き。 大好き」
また溢れそうになる涙を堪えて、一息に言った。
その瞬間、胸のつかえがすっと取れたような気がした。




「僕もだ」
「・・・え?」
幻覚の術には、見る者の願いを投影するような、そんなオプションがあるんだろうか。
「僕はここで、チルーの実家を継ぐよ。 おじさんと両親の許可は取った」
「へ?」
「だから、僕と結婚してくれないか」
「・・・結婚?」




はた、と考えこんだチルーは、次の瞬間、すごい勢いでナーファの体をペタペタ触って感触を確かめる。
そして結論。
「・・・幻覚じゃない・・・?」
「? 僕は本物だけど」
ふと辺りを見回してみれば。
ティンサグの鉢が並ぶ隙間のそこここに、人の気配がする。
「おめでとーーーーーー!!」
鉢植えの影に潜んでいた全員が声を揃えて立ち上がり、拍手喝采、金、銀、赤、青の光を散らして魔法の花火が上がる。
ついでに、周囲のティンサグの花がポンポンと音を立てて開いた。
「な・・・な・・・」
彼女の家族やアンシェ、ティーはともかく、ナーファの両親やバイト先の雇い主までいるのは、どういうことだ。

あっけにとられているチルーの前で、ティンサグの花を一本摘み取り、ナーファが跪く。
「結婚してください」
ティンサグはその昔、この世界を創ったヤールー男神とカーブヤー女神が地上に降り立った時、足元に咲いていたと言われる花だ。
それゆえに、神殿に捧げるだけでなく、妻問いの花としても使われる。
眼鏡の奥から、優しい青灰色の瞳が少女をまっすぐ見つめた。
それは、いつも夢見ていた瞬間だった。
「・・・はい」
金縛りにあっていたチルーの腕が、ぎこちなく動いて愛らしい花を受け取った。
再び拍手が巻き起こり、先ほどよりも盛大に花火が上がる。
魔光と、色とりどりの花火に照らされた二人は、はにかんで笑いあった。




後日。
あの日、アンシェとティーが魔法で咲かせたティンサグの鉢植えは、チルーの家の庭に並べられ、芳香を振りまいている。
婚約祝い代わりに受取ってよ、と言うバイトの雇い主から貰ったのだ。
生き物に直接魔法で影響を与える術は、魔力をかなり消費する。
あの後、アンシェとティーは、半日ベッドから出られなかっただろう。

咲き誇る花を見ながら、ナーファは言う。
「僕は、このままここにいたら自分がダメになるんじゃないか、って怖くなったんだ」
この優しい田舎町で、優しい人たちに囲まれて。
「外の世界を見てみたい、とも思った」
焦燥感に駆られて王都へ行き、宮廷魔法師になる勉強をしていたものの。
ティンサグの光ではなく、煌びやかな街灯が灯る街で、幼馴染の魔光の気配がひどく懐かしかった。
生まれた街から遠く離れて、初めて、その価値がわかった気がした。
同時に、自分が本当になりたいのは宮廷魔法師なんだろうか、という疑問が湧く。

心が決まれば、もう王都に未練はなかった。 チルーの父や両親の説得が先だと思った彼は、チルー本人には内緒でクーブの街に戻ってきたのだ。
彼の魔力の気配に目ざとく気づいたアンシェが訪ねてきて、今回の告白を段取りした、という。
完全にキジョカ族の友人の罠にハマってしまった自分が少し情けない、とチルーは思う。
でも、そのお陰で、彼に素直な気持ちを打ち明けられたから、良かったんだろう。

「王都へ向かった夜、みんなが見送ってくれた後で、こっそりチルーの魔光を見に来たんだ。
 何で見送ってくれないんだろう、って思って」
ぐるぐると上空をめぐった後で、小屋の側に下り立った。
「でも、窓から覗いたら泣いてたから、声をかけられなかった」
心に刺さった小さな棘は、何かを変えた。
それを見ていなかったら、今頃何も考えずに王都にいたかもしれない。
けれど。
「僕はクーブが好きだ。 この街の人も、そして君も」
そう言って、おっとり照れたように笑う彼を、チルーは何よりも慕わしく思う。




* * * 




ナーファはチルーの魔法具屋に弟子入りし、チルーの魔法学校卒業と同時に、二人は結婚した。
4人の子供に恵まれ、彼らは幸せな生涯を送った。
二人がヤールー神とカーブヤー神の元に召された後も、クーブに代々続く小さな魔法具屋は、元気に営業している。
そして、ティンサグの光も、変わらず街を見守っている。

<END>

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