Rainy & Sunny

続編 → Bitter & Sweet



 口は災いの元って言葉は、勉強できねー俺でももちろん知ってた。
 けど実際、身をもって知ることなんてそうそうないっしょ。
 と、そう思ってた。────この日までは。



 バタン、と玄関のドアが閉まる音が一階から響いた。
 邪魔な家族が出かけた合図だ。準備はOK。
 待ってましたとばかりに、PCの電源を入れる。
 画面の向こうには、俺の脳内妄想を補完するあの子たちが待っている。
 一人ほくそ笑みながらブラウザを開いた、その時だ。

「入るね」

 コンコンガチャリ。 ノックと同時にドアが開く。
 さっき玄関から聞こえた音は、誰かが出てったんじゃなく、やってきたんだと今、俺は気がついた。
 振り向くと、嫌な予感は当たった。
 そこに立ってたのは、強烈に顔を引きつらせた近所の幼馴染、悠里。
 慌てて体を張って画面を隠そうとしたけど、遅かった。

「…………最っ低」

 あ、カチンと来たぞ。
 人の楽しみを邪魔した上に、全男子のドリームを一言で切り捨てたな、許さん!

「ほっとけ! その前に、人の部屋に勝手に入ってくんなよ」
「ノックしたし!」
「返事待てよ!」
「自分は待たないくせに」
「う、うっさい! 誰にでも秘密の一つ二つあるだろ!」
「へえー?」

 蔑みの眼差しが痛い。負けるもんかと睨み返したついでに、俺は思わず口をすべらせてしまった。

「中三にもなって、恋が実るおまじない本とかは恥ずかしくねーのかよ」
「……勝手に私の引き出し、開けんな」

 すっと悠里の顔色が変わる。やばい、本気だ。
 やつの手に握られたゲームのケースが俺の頭に振り下ろされる。

バシッ!

 白刃取り成功! ケースは、俺の頭の数センチ上でぷるぷるしてる。
 元サッカー部の反射神経をなめんな。 あ、こいつ、また角でなぐろうとしてたのか。あっぶねー。
 つか、借りた物で攻撃するなんて、非常識だぞ。

「お前の動きは見切った」

 わざとらしくニヤリと笑って、よく聞くセリフを吐く。悠里は悔しそうだ。ざまみろ。

「バッカじゃないの!」
「ゴフッ!」

 膝上のデニムスカートから伸びる足がすいっと曲がり、鋭い蹴りが俺のみぞおちに決まった。
 どっちかっつーと細い方に入る俺の体が、椅子から床にパタリと倒れる。

「きつ……」
「何か言った!?」

 ……こん時さ。俺、黙ってりゃ良かったんだよね。
 普段なら 「何も言ってないですすみません」 っておとなしく引き下がってた。
 でも、魔がさしたっていうか。

「……ピンクは邪道だろ、常識で考えて」

 ……ぶっちゃけ、縞パンは青だと思いませんか? いや、倒れたからたまたま目に入っただけよ?
 まあ、半分は冗談。残り半分は……もちろん本気! 俺、超男前!

「死ねや!」
「あがッ」

 結果、スネをしたたか蹴られた。

「二度とうちにくんな! 話しかけんな!」
「いかねーよ、お前なんか一生おまじないしてろ!」

 売り言葉に買い言葉。悠里は手にしたケースを投げつけ部屋を出て行く。
 口喧嘩はよくするけど、こんな大喧嘩は小学校六年ぶりだ。
 あれだ、悠里のお気に入りのぬいぐるみを、まちがって窓からおっことして以来。
 あんときは涙目で怒るから、最後は必死で謝った。
 でもさ、今回はおあいこじゃね? 俺から謝る気なんてない! 断じてない!
 たまにはさぁ、意地張ってみたいじゃん。負けっぱなしは悔しいし。そしたら。
 ────十年に及ぶ幼馴染との縁は、あっさりとぶったぎられてしまったのだった。



 ……というのが一月の話。今は、桜咲く四月。
 受験も無事終えて、俺は晴れて高校生になった。
 中学の学ランからブレザーに変わったのがちょっとうれしい。ネクタイ結ぶのは、まだ慣れないけど。

 新しい生活を楽しんでやる、と意気ごみつつ、教室に足を踏み入れる。
 そうだ、きっといろんな出会いがあるに違いない。
 かわいい女の子もいっぱいいるはずだ。
 思い浮かんだ影を振り払うように教室を見渡して、俺は停止した。

「げ」

 髪が短くなってるけど────悠里だ。
 あいつもこっちに気づいた。思い切り嫌な顔をして目をそらす。
 何なんだ。

 あれ以来、中学でも道で会っても、完全に無視された。
 ちょっとでも話しかけようとしたら、めちゃくちゃ冷たい目で見られて、俺はすごすご引き下がるしかなかった。
 仲のいい友人からは、「離婚?」 とかからかわれたけど、あんな嫁いらんわ!

 ひさびさに見た悠里は、ブレザーなせいか少し大人びて見える。
 あいつは、何事もなかったように友達との会話を再開させた。
 俺も黙って席に着く。

 ……そんな、赤の他人の振りしたまんま、日々はあっという間に過ぎていった。
 意識的に目をそらすのも慣れた。話しかけるのは用があるときだけ。
 どってことない。
 もう、何かの角で殴られたり、本気のデコピンを食らうことはないんだ、と自分に言い聞かせる。
 大体、あんな暴力女、縁が切れてせいせいした。
 だけど。
 なぜか、もやもやした気分はいつになっても晴れなかった。



 高校でもサッカー部に入って、友達もそこそこできた。
 そうなると、次は彼女だ! と息巻く野郎は多い。彼女がいてこそ、学校生活はバラ色。
 その考えに異論はない。
 だから自然と、会話は女子の話になったりする。

「涼太ー、お前、好きな子とかいねーの?」

 同じクラスの貴明が草むしりしながら、聞いてくる。

「あー、松永とかいいなあと思うけど」
「水泳部だからだろ」

 あ、ばれた。いやー、あの子スタイルいいんだよね。
 うちの高校、温水プールだから水泳部はいつも水着。
 そして、たまーに遠回りして練習風景をちらりと眺める俺。バレたら嫌われるだろうけど!

「お前、なんつーか、子供だよなー」
「そうそう、涼太に女心とかまだ早いだろ」

 話に加わってきた真治が頷く。失礼だな、お前。

「俺は、悠里ちゃんが一押し」
「あ、テニス部のだろ? かわいいよな」
「つーか、お前らもスコート狙いのくせに」

 突っ込むと真治は舌を出す。人のこと言えないだろうが。

「彼氏、いんのかな」
「あのさらさらの髪、さわりてー」

 あの髪、さらさらすぎて結べないって本人は悩んでるぞ。
 こいつらには絶対教えてやらんけど。

「そういえば悠里ちゃん、お前に妙に冷たくね?」

 ふと、貴明が聞いてくる。ぎくりとした。

「気のせいだろ」
「ふーん?」
「おーい一年、集合ー」
「はい! 行こうぜ」

 先輩に呼ばれてグラウンドの中央へ走っていく。
 何となくほっとして、なぜだかちくりと胸が痛んだ。



 それから何となく、俺はサッカーに入れこみ始めた。
 先輩にちょっと褒められて浮かれたってのもある。
 すげえ単純にできてるな、と自分でも思う。
 でも、この意味不明のもやもやを吹き飛ばすには、汗を流すしかないとか、思ってた。
 そんな矢先、雨で部活が中止になった。
 五月の雨は罪つくりだ。

 ざあざあ振りの中、校門を飛び出す。
 傘は忘れた。
 だから、学校向かいのコンビニで傘を買うか、立ち読みでもして時間をつぶそうと考えてたんだ。

バッシャ!

 ……車が途切れるのを待ってる間、横切った車に思いきし水をかけられた。

「………ちっくしょ」

 たどりついたコンビニの看板の下、改めて自分を見てみる。
 もう、どうしようもないほどずぶ濡れだった。
 犬のようにぷるぷると髪の水を払う。
 このままバスに乗ったら、周りの人の迷惑になるよなぁ。
 立ち読みにしても、コンビニの店員に嫌がられそうだ。あーもう、面倒くさい。
 学校に戻って、服が乾くまで寝てようか。
 コンビニの軒先から元来た道を戻ろうと、しょんぼりと足を踏み出しかけた時。

 自動ドアが開いた。
 中から出てきたのは、元幼馴染。

「……傘なら、売り切れてたよ」

 目をそらされたから、いつもみたいに無視されるかと思ったら、ぽつりと小さな声が耳に届いた。
 びっくりして、まじまじと悠里を見ると、すげえ気まずそうに顔をそむけやがった。
 やつは、雨の中を走って行こうか迷ってるみたいだった。
 けど、あまりの土砂降りにあきらめたらしく、少し離れたところに立つ。

 横目でちろりと眺める。
 しっとり濡れたシャツが張り付く肩は、やけに細く見えた。
 こんな湿度100%の日でも、つやつやの髪は天使の輪っかを作る。俺は真治の言葉を思い出した。
 伏された長い睫が目に入る。何だか心臓が痛い。
 だからなのかな。
 思わず、言ってしまった。

「俺、お前としゃべれないとつまんねーよ」

 言ってから、動揺した。お互いそんなキャラじゃないし!

「……ごめん」

 あたふたしている間に、悠里が呟いた。
 何のごめんだ。やっぱり俺とはしゃべりたくないってことか。
 まあ……仕方ないか。俺、女心とか全然分かんないし。

「そっか」

 しばらくPC見る回数減ってたけど、もういい。解禁だ。
 うなだれて、雨の中を歩き出そうとした瞬間。

「おがッ!」

 ふっとんできたカバンが俺の後頭部を直撃する。

「……ってーな!」
「最後まで聞け!」

 眉を寄せてこっちを睨みつけるやつと目が合う。

 ────俺、めちゃくちゃ鈍感なんだ。
 言われなきゃわかんないし、あんまり空気読めるタイプじゃない。
 でも、こいつのことは、他のやつよりちょっとだけ分かる。
 これは、もしかして。

「……さっきのは、『今まで無視してごめん』、のごめん?」
「そーだよ!」

 鬼のような、とはこの顔だ。これ見たら、お前に夢見てるやつらが幻滅すっぞ。

「まずは落ち着け」
「こっちのセリフよ!」

 いつもの調子が戻ってきた。
 目を吊り上げるやつとは逆に、俺は笑い出しそうだった。
 土砂降りの雨に打たれながらスキップしちゃうぜ!
 と空を見上げたら、いつの間にか小降りになってた。残念だ。

「……俺、教室戻るけど」
「…………一緒に行く」
「じゃ、走るぞ」

 カバンを雨よけにして、せーので走り出す。
 かわいいとか憎たらしいとか。
 そんなもん以前に、こいつは大事なやつなんだなー、とか。
 自分より小さな背中を見ながら思う。

 ……全く、女心なんてちょろいもんだぜ! こいつに女心があれば、の話だけどな!
 そう調子づいた俺が、貴明から絶交されかけたり、真治に借りたイケナイ本が見つかって悠里にぶち切れられたのは、また別のお話。


<END>



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