Bitter & Sweet

 しゃわしゃわーっと冷気が顔を撫でていく。
 顔がカチカチに凍りそうだ。
 けど今の俺にとっちゃーんなことはどーでも良かった。

「俺の、ハーゲンダッツ・ストロベリー味っ……!」

 冷凍庫に顔をつっこんで、左右を見回す。
 ない。やっぱりない。なんとゆー絶望。
 これだけを楽しみに、炎天下の部活に耐えたったつーのに!
 マイナス温度の空気と悲しみに浸る俺。
 そこで、オカンが庭から顔を出した。

「あ、アイスなら悠里ちゃん来てたから、出しちゃったわー」

 ………あっさり言うなや! 俺がどんだけ楽しみにしてたと思ってんだ!

「何で勝手に出すんだよ!」
「買い置きのおやつがなくなってたから、仕方ないじゃない?」

 にこり、と笑うオカン。
 そこに悪意を感じるのは、おやつを食べた犯人が俺だからか。

「……で、あいつは?」
「さっき帰ったわよ」

 洗濯かごを抱えたオカンは、「よいしょ」と言いながら家に上がる。
 そして、奥の部屋に消えた。

 ああ、あのプチプチ感。クリーミーな舌ざわり。
 それがあいつのものになったかと思うと。

「許せん!!」

 一言言わなきゃ気がすまん!



ピンポン

 徒歩三分。走って一分。
 正しくご近所な、悠里んちの玄関のチャイムを鳴らす。

ピンポンピンポンピンポンピン

「……だーーーーーーっ! 鳴らしすぎ!!」

 ガッとドアが開いて、悠里が顔を出した。
 眉をつりあげた幼馴染に、俺はピシッと指を突きつける。
 ちっちゃい頃から家族同然だったこいつは、俺の苺アイスへの愛を誰よりも知ってんだ!

「お前、俺のアイス食ったろ!」
「はぁ?」

 一瞬きょとんとした悠里は、「ああ、あれね」と軽く返した。
 むう、なんだその態度は!

「俺のアイスだってわかってたんだろ!?」
「うん。でも、せっかくおばさんが出してくれたのに、いらないっていうのも失礼じゃん」

 悠里は唇をとがらせた。
 その口をつまむぞコノヤロウ。

「それならていちょーーーにお断りしろ!」
「わざわざそんなこと言いにうちに来たの?」

 うっとうしそうに悠里が眉を寄せる。
 ……なんですか古い雑巾を見るようなその目は。
 納得いかない俺が口を開く前に、やつはため息を零した。

「……冷蔵庫にシュークリームあるよ。食べる?」
「食べる」

 俺、即答。幼馴染が脱力する。

「あんたって時々すごくプライド低いよね」

 余計なお世話だ。



 部屋の中はシンとしてて、悠里の足音がやけに響く。
 おじさんおばさんと妹は、まだ帰ってきてないらしい。

「手作りだから、ちょっと見た目と味、変かも」

 がさつなこいつが作ったお菓子。生きて帰れるんだろうか。
 ……なのになぜか、「食べてみたい」と思ってしまう俺。
 なんつか、怖いもの見たさ、みたいな。
 うん、それだな!

「どーぞ」

 キッチンの椅子に座ったら、冷蔵庫から出されたシュークリームがそっけなく目の前に置かれた。
 確かに、見た目いびつだ。

「いただきます」

 手にとって一口かじる。ざりっとした。砂糖の塊か?

「どう?」

 少し不安げな悠里が聞く。
 俺は答えた。いつもどおり正直に。

「んー。見た目、シュークリームっつーより、いなり寿司っぽい。
皮もなんかふにゃふにゃしてて湯葉みてーだよな。
あと、砂糖がざりざりしててむちゃくちゃ甘いとこと味が無いとこがある」

 なんつか、愛のムチ、とでも言うか。
 正直に接することが、こいつへの俺的優しさだ! とか思ってたっつーか。
 いくらケンカして仲直りしたって、俺にとっちゃあくまで幼馴染の女って感じで。
 ここ数年の悠里の変化は、結局俺には全く見えてなかったんだよな。
 そして更に正直に、ダメ押しの一言を添えた。

「よーするに、まずい」
「……」
「ま、次頑張れば? また俺が試食してやんよ」

 言い終えて、最後の欠片を口に放りこみ、もぐもぐ口を動かした。
 まずくたってせっかくの手作りだもんな。きちんと食べるぜ。
 そしてふと目を上げた。なぜか悠里は涙目になってる。

「……ひょっとして、俺の愛のムチが、泣くほど嬉しかった?」
「っ、……んなわけあるかぁーーーっ!!」

 ちゃぶ台返ししそうな勢いで幼馴染が叫ぶ。

「今すぐ帰れ!! そんで二度と話しかけんな!」

 あれ、これ何てデジャブ?
 ぽかんとしてると、腕をひっつかまれた。そんで玄関まで引きずってかれた。

「のたれ死ね!」

 呪いの言葉を投げつけ、幼馴染は玄関から俺を放りだしかけた。
 が、ピタリと停まる。

「……悠里ちゃん。ごめんね、お取り込み中だった?」

 困惑した大学生風の優しげなイケメンが、俺らの前に立っていた。



* * *



「……涼太ー。何イライラしてんだよ」
「うっせーな」
「涼太のやつ、カノジョにシカトされてんの」

 ボールをひろってた貴明が、真治に言った。
 「またかよ」と真治が苦笑いする。
 一方、俺は二人を無視してむっつりと黙りこんだ。



 あの後。
 悠里は顔を赤くして「すみません、変なところを見せちゃって」としおらしくイケメンに謝った。
 そして、ぎこちなく笑った。
 それから俺を無言で押し出すと、「さっさと帰れ」と言わんばかりの冷たい視線を、容赦なく浴びせかけた。
 立ちつくす俺を残して、二人は家の中に入ってった。
 イケメンの、俺を哀れむような目がやけに印象的だった。
 それより何より。

 あの家に、悠里が、知らない男と二人きり。

 その事実が、なんかすげーショックで。
 更に、ここから導かれる可能性に打ちのめされた。

 あのイケメンは悠里のカレシ……?
 シュークリームはあいつのために……?

 とぼとぼと家に帰り、夕飯食ったあとも、そのことばっか考えてた。
 もはやアイスはどーでも良かった。
 おかげで寝不足。
 で、今日。何度か悠里に話しかけたけど見事なスルースキルで無視されたんである。
 俺完全に空気。
 ……そんで今に至る。



「悠里にカレシができたっぽい」

 ボールをしまうラックを押しながら、ぼそっと呟く。
 両側の二人は、立ち止まってピンポン玉みてーに目を丸くした。顔から落ちそうだ。

「……まじ?」
「お前、悠里ちゃんとつきあってたんじゃなかったのか?」
「は? んなわけねーじゃん」

 今度は俺が目を丸くする番だった。

「ありえねーって、悠里なんかと」
「だってお前ら、たまに一緒に帰ってんじゃん」
「幼馴染だからフツーだろ」
「いやいやいや」

 二人は示し合わせたかのように右手を振った。
 シンクロ率200%。こいつら前世で双子だったんじゃないだろうか。

「フツー、幼馴染だからって一緒に帰ったりしないっしょ」
「悠里ちゃん、お前のこと好きっぽいじゃん」
「……俺、暴力しか振るわれてないんだけど」
「愛情の裏返しだろ」
「ないない、それはない」

 否定すると、貴明が軽く眉を寄せた。

「んー。じゃあ聞くけど、何で涼太はそんなにショック受けてんの?
ただの幼馴染なら、カレシできよーがそいつと別れよーが、気にならんだろ」
「それは……」

 そういえば、なんでこんなにモヤモヤすんだ。
 貴明の言うとおりだ。あいつにカレシができたって別に関係ないし。

「えーと、先を越されて悔しい、のかな?」
「……」
「……だめだこりゃ」
「見切りつけたんだな、悠里ちゃん」
「まちがいない」
「おい、何こそこそ話してんだよ」

 ひそひそ会話する二人のジャージをつつく。すると両側からガシッと肩を組まれた。

「お前も、新しい恋を見つけろ!! な!」
「そうだ!」
「はぁ?」
「俺たち仲間だな」

 なぜか友情が深まった。

 それにしても。
 ……。
 …………。
 新しい恋。こい。
 恋愛って謎だ。
 恋愛の先にある何かについては、イケナイ本とかで予習復習してんだけどな!

「……恋とか、正直さっぱりわかんね」
「まー落ちてみればわかるっしょ」
「そういう真治はあんの?」
「毎日好きな子変わる」
「日替わり弁当みてーだな」
「それは恋とは言わんだろ」

 三人でひゃひゃひゃと笑う。
 と、グラウンドの向こうから鋭い声が飛んできた。

「……そこの一年! さっさと片付けやれ!」
「やべっ、すいませーん」

 先輩に怒鳴られ、俺たちは慌ててラックを倉庫に片付けた。



 ……悪友どもに話したせいか、気分はスッキリ爽快。
 悟りを開いたオシャカサマのようだ。
 まー、あいかわらず幼馴染のシカトは続いてるんだけど。
 でも、なんつーか、このままの心境で、あいつを祝福したいって思ってしまったんだ、なぜか。
 そうすればもっとスッキリするんじゃないかと、そんな気がして。

 で、放課後。
 ひとけのない廊下を歩くやつの背後から忍びよった。
 正面からだと逃げられるかんな。
 手のかかる野良猫だと思えば、まーかわいいと言える。

「おい」
「なっ何っ」

 びくっとして振り返る悠里。
 なぜ睨む。
 かわいげないぞ。あのカレシに嫌われちゃうぞ。

「待てって」

 案の定、逃げかけたから腕を掴んだ。
 やつの頬が少し赤くなったのは気のせいか。

「なあ、お前さ。あのシュークリーム、あいつに食わしたの?」
「……あいつ?」
「こないだの、大学生っぽいやつ」
「……あげてないよ。誰かさんにまずいって言われたし」

 悠里は恨めしそうに眉間にシワを寄せる。
 ふーん。あいつに食わしてねーのか。
 こいつの機嫌はすこぶる悪そうだけど、俺はなんか気分いーぞ!

「あんとき、少し言いすぎた。ごめん」
「………」
「ま、どんだけ下手くそでも、がんばれば上手くなるだろ。
ご近所の幼馴染として試食係するから、また作れば?」

 珍しく、励ましてみた。
 なのに……あれ。なんで泣きそうになってんのこいつ。
 やべ、また何か地雷踏んだ?

「……幼馴染なんかいらない。試食係もいい」

 悠里の唇から零れ落ちた拒絶の言葉は、まるで針のように心臓を刺した。
 上向きになったテンションが、一気にしぼむ。

 アサハカな俺は、幼馴染でってことならこいつとずっと一緒にいれる、とか思ってた。
 ……けど、いつの間にか、そのポジションすら空いてなかったらしい。
 まーでも。
 仕方ねーよな。
 俺、こいつ怒らせてばっかだし。

「……そっか。ま、がんばれ」

 よし、俺もがんばろ。
 ひどくセンチメンタルな気分で悠里に背を向けた瞬間。

ゴッ!!

 デジャブ、再び!
 鞄の角がヒットしたと思われる頭をさすって振り向く。
 ……俺の頭が悪いのは、ぜってーこいつのせいだ!

「ってーだろ!」
「あんたってほんと馬鹿! 私が欲しいのは、幼馴染じゃなくて好きな人なの!」
「だから、あの男がそうなんだろっ」
「違う! 私が好きなのは……」

 黒目がちな瞳で、真っ直ぐに俺を見た悠里は───途中で口をつぐんだ。
 ……好きなのは?

「……誰でもいーじゃん」

 悠里が顔をそむける。

 ────自慢じゃないが、俺は頭わりーんだ。
 空気読むの苦手だし、勉強もあんま好きじゃない。
 でも、今のは分かった。
 俺のアイス愛と似て非なるものが、悠里の目の奥にあった。

「いくない。全然いくない」
「な、なにいきなりっ」

 もう一度手を伸ばして、逃げようとする腕を捕える。
 俺より一回り細い、腕。
 さらさらの黒髪が目の前で揺れる。眩暈に似た感覚が、体を突き抜ける。

 ────落ちてみればわかる。
 耳の奥で、友人の言葉が響いた。

「幼馴染でも試食係でもない俺って、悠里の何?」

 本能に従って、エモノを追いつめる。

「な、悠里。言ってみ?」
「こんな時だけ名前呼ぶなんて、ずるい」

 真っ赤になって、泣きそうな悠里が俺を見上げる。
 もう答えは分かってる。
 でも、言わせたい。
 じーっと待ってると、パニックの頂点に達した悠里はぎゅっと目を瞑って────

ゴッ

 あ……今、お星さまが見えました。

「あ、あんたはただの変態! すけべ!」

 頭突きをかまし、するりと逃げる女。
 シューッと煙を噴く額をおさえてうずくまる俺。
 次に顔を上げた時には、やつの姿は影も形もなかった。



* * *



 ……結論から言うと、あのイケメンは単なるカテキョだったらしい。
 まぎらわしすぎだろ、あの登場の仕方は。
 まーカテキョだからって男と二人きりとか、ねーよな。
 俺が「危ない危ない」って文句言ったせいか、後日、女の人に変えてもらったらしい。
 そっちはめでたしめでたしである。

 ただし、今だに悠里のやつは口を割らない。
 こんな感じで始まった鬼ごっこ。
 たまに鬼と逃げる方が入れ替わりながら、不器用なかけひきは続いてる。
 おたがい、相手に言わせよーと躍起になってんだ。
 まーこれも一種のリア充だと俺は思ってる。 たまに頭突きされるけどな!

 そういえばあの後、悠里が苺アイスを作ってくれた。
 やっぱりざりざりしてたけど、完食したことはゆーまでもない。


<END>

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