鮭たらこマヨネーズ。

続編 → ごはん味噌汁たまご焼き。



「明日、飲みにいかない?」
「いいですね。 じゃ他の人にも連絡回し・・・」
「いや、二人きりで」

・・・い、よっしゃああああああーーーーーーーー!!!!!!!!!

内心叫びながら、「喜んで」 とクールに頷く。

「後でまた、連絡する」

高梨先輩は、爽やかに私のデスクから離れた。
その後ろ姿を見送りながら、私は半分夢見心地だった。




・・・・・・私。 町川紗世。 25歳OL。
特徴は、きっつい派手顔。 染めてないけど茶色っぽい髪。 アニマル柄大好き。
会社では、影で 「女豹」 と呼ばれてる。
「ムチ持ってない?」 ってたまに聞かれる。 ・・・持ってねーよ。

そんな、傍から見ると肉食系な私。
けど実際は、「恋愛なんていーや」 と思ってる枯れた女だったんだ。

ついこの間までは。

・・・そう、ときめきはある日突然訪れる。 それがさっきの彼だ。
派手できつそうな見た目によって敬遠される率高めな私に、去年この部署に異動してきた高梨先輩は、いつもにこやかに接してくれていた。
その上、先輩は仕事もできて爽やかな男前。 憧れるなって方が無理なハナシである。




そして翌日。
ソワソワして寝つけなかったのに、今朝は五時に目が覚めた。
せっかくなので、いつもより早めに出社した。
席に着くと同時に猛烈な勢いで仕事を片す。
鬼気迫る私の仕事ぶりに、少し遅れてやってきた両側の社員が微妙に距離を置いて座る。




必死に仕事をこなしてたら、あっという間に一日が終わっていった。
もうすぐ終業時間になる。 頑張った甲斐があって、予定通り帰れそうだ。
思わず顔が綻びそうになって顔を引き締める。
友人曰く、私の一人笑いは良からぬことを企んでるようにしか見えない、だと。

「・・・・・・お疲れ様です!」

時計の針が五時半を指すと同時に席を立った。
颯爽とオフィスから出た私はまず、化粧を直すために人の少ない化粧室を目指す。
化粧は大事だ。 第二の皮膚と言っても過言ではない。
だから念には念を入れてチェックしなきゃね!




どこも、おかしなところないよね。
化粧も服もきっちり確認したから、多分大丈夫なはずだ。
だけど、やっぱり久しぶりのデート・・・デートですデート!! 何て素敵な響きなの!
・・・一杯一杯で変なテンションになるけど、顔だけは平静を装ってないとただの変な人だ。
先輩だって、そんな人には声をかけづらいはず。
そんなことを考えながら待ち合わせの駅前に立っていたら、約束より少し遅れて先輩が現れた。

「ごめん、遅れた」
「いいんです、そんなに待ってませんでしたから」

緊張を瞬時に押し隠し、私はいつも通りの笑顔を浮かべた。
幾ら久しぶりだからって、キョドって先輩を幻滅させたくない。
ちなみに、今日の服は、光沢の入ったタイトスカートとジャケットのセット。
そしてポイントは足元。 すっごく気に入ってるヘビ革のピンヒールです!

「じゃあいこうか。 美味い店、予約したんだ」
「ありがとうございます」

先輩の言葉に頷いて、並んで歩き出す。
憧れの先輩が隣にいる。 本当に夢を見てるみたいだった。




────しかし、夢とは醒めるもの。




「ここだよ」

先輩が指した先には、落ち着いた雰囲気の看板。
窓ガラスからテーブルに灯るキャンドルの明かりが透けて見える。
逸る気持ちを抑えて、「素敵なお店ですね」 と笑った。
そしてレストランに入ろうとした、その時。

「・・・ちょっと和志、その女誰よぉーーーー!!」

振り向くと、白いコートを着た女性が、ぶるぶる肩を震わせて指を突きつけている。
反射的にざっと周りを確認したけど・・・私たち以外に誰もいない。

「・・・・・・」

・・・彼女の指は、他でもなく私自身をビシッと指している。

「いや・・・これは」

隣の先輩の顔からは、血の気が引いていた。

「和志、今日は出張って言ってたじゃない!」
「ち、違うんだ」
「ケータイ見たら、変なメールがあったから来て見れば・・・馬鹿あああああ!!」

・・・人のケータイ見るんかい。 いや、別にいーけど。
それより何この修羅場。

「・・・・・先輩。 お取り込み中のようなので、私失礼しますね」

崩れ落ちる彼女とおろおろしている先輩に、私は営業用の完璧な笑顔を作り上げた。
ヒールの音を響かせて身を翻した私の耳に、「俺が悪かった、許してくれ」 という先輩の声が聞こえる。
私はぐっと顔を上げた。 絶対、絶対に泣くもんか。
マスカラが剥げるしな!




「・・・・・・あーそうだよねー。 こっちこそいきなりごめんね。 ん、じゃあまた」

溜息をついて、通話を切った。 数少ない女友達に電話しまくったけど、誰一人捕まらない。
そりゃそうよね。
金曜のこんな時間に、いきなり呼び出しなんて無理だ。

「はああああああ」

私は、深く深ーーーーくため息をついた。
ああ、せつない。
最寄り駅からマンションまでとぼとぼ歩く。 その視界の隅に赤いちょうちんが映った。
────それは、近所のおでん屋さんだった。

以前、いいにおいにつられて仕事帰りにここのおでんを何度か持ち帰りした。
サラリーマンのおじさんたちに混じって中で飲むのはさすがに気が引けたんだ。
でも、女将さんはすっごい素敵な笑顔で 「気が向いたら飲みに来てね、女の子のお客さんも大歓迎よ」 と言ってくれていた。

(お言葉に、甘えちゃおうか)

ふとそう思った私は、吸い寄せられるようにそのお店の紺の暖簾をくぐっていたのだ。




「飲みに、来ちゃいました」
「あらあ、いらっしゃい! カウンターでいいかしら」
「あ、はい」

女将さんは、若々しい顔に笑顔を浮かべて突き出しを用意してくれる。
ああ、何だか落ち着く。
席に座ってみれば、思ったよりずっと居心地がいい。
ここに来て良かったな、と思いつつ焼酎とおでんの盛り合わせを注文する。

「・・・何かあったの? すごく落ちこんでるみたい」

さすが客商売。 初めて客として座った私に対する気遣いが、疲れた心にクリーンヒットする。
(聞ーてくれてありがとうございます!!) と私は彼女の白い手を握るところだった。
辛うじて自制する。 それじゃーセクハラ親父と変わらない。
代わりに、涙目で口を開いた。

「男って、男って、なんでああなんですかね!?」




実は私、ああいう修羅場は初めてじゃない。
かれこれ、四回目だ。
高校二年、大学一年、大学四年。 そして今日。

男共にとっては、どうやら私が遊び相手にしか見えないらしい。
そりゃあ、私は見た目、女豹かもしんないよ。
でも、ただ 「落とす」 、もっとあけすけに言えば 「ヤル」 だけの相手として見られるのはもう、
飽 き た ん じゃ ーーーーー!!

・・・・・・そう思ってたのに、また同じことの繰り返し。
「先輩だけは違う」 って、信じてたのになあ。 なんか泣けてくる。 泣かないけど。




と、そんなことを焼酎水割りの力を借りて吐き出した。
合間につまむおでんの美味しさが身に沁みる。

「・・・・・・というわけなんです」
「・・・辛かったわねえ。 でも世の中、そんな男の人ばかりじゃないわよ。 ね」
「そっすよ」

女将さんが私の隣の客に同意を求めた。
そこで初めて、私はそのサラリーマン風の若い男に気がついた。

「あ、ども」

彼は私に会釈してから、軽く首を傾げた。

「でも、今の話聞いてて思うんすけど。 あなたにも問題があるんじゃないっすかね」
「・・・は?」

私は眉間にぐっと力を入れた。

「あんた、喧嘩売ってんの?」

おろおろする女将さんを尻目に、私は低く呟いた。
大丈夫、まだ理性は残ってる。
けれど彼は私の眼光に臆した様子は全く無い。 飄々とした表情のまま、先を続ける。

「そんな風にクールぶってたら、相手の求める物とあなたの求める物が違って当然っすよ。
 好きな人の前でかっこつけたいのも分かるけど」
「じゃあ、どうすればいいのよ!!」

痛いところを突く男の言葉に、私は思わず言い返していた。

「そりゃあ、私だって男に大事にされるような可愛い女になりたかったわ!
 確かにアニマル柄とかは好きで着てるけど、
 上目遣いは怖いって言われる、フリフリした服なんかぜってー似合わない私の気持ちが、あんたに分かってたまるか!」
「そっすねー、俺男だからわかんないすけど」
「じゃあ黙ってろ」
「そうします。 でも」

そう言った後に、彼はにっこり笑って 「それ、素なんでしょー」 と言葉を継いだ。

「そんな感じでしゃべってればいんじゃないすか」
「・・・・・・意味が分からない」
「俺はいいと思いますけどねー、気風がよくて」
「ほらほら、喧嘩しないで二人とも。 間宮さんも、そんな風に言っちゃだめよ」

女将さんは上手く私たちの間に入ってきた。
間宮、と言われた男は眉を上げる。
「俺、褒めたんすよ」 と笑って、彼は女将さんにビールを頼んだ。




自分から黙れ、と言った癖に。
毒気を抜かれた私は、その男に閉店まで取り留めの無いお喋りや愚痴に付き合わせていた。

「また来てねー」 と暖簾を下げた女将さんに手を振る。
私と彼は、何となく並んで歩き出した。 どうやら帰る方向が一緒らしい。

無言でいると、隣を歩く彼がぼそっと 「お茶漬け食いたいっす」 と呟いた。
・・・・・・酔っ払いの勢いって怖いよね。

「じゃあ家に来な!」

愚痴に付き合わせた罪悪感もあって、私は目を白黒させる彼を引きずり家に向かったのだった。




・・・そして、家の前まで来てはた、と気づく。

「あんた、彼女いんの?」
「何ですか突然。 別にいないっすけど」
「ならいーわ。 でも変な期待はしないでよ、私に指一本でも触れたら刺すからね」
「・・・・・・はぁ。 お茶漬け食ったら帰ります。 帰らせてください」

眠たげな男に重々しく頷いて、私は鍵を開ける。

「その辺で待ってて」

リビングを指して言うと、私はいつもの習慣で洗面台に入った。
どんなにへろへろで帰っても、メイク落としだけは忘れない。 肌が弱いから、翌日ぶつぶつになってしまうのだ。

・・・・・・化粧を落としてさっぱりすると、よーやく頭が正常に稼動し始めた。
洗面所の扉の隙間から部屋を覗くと、彼はすやすやと寝息を立てて床に転がっている。
これは。

(・・・・・・悪いこと、したかな。 いや、した。 絶対した)

男の能天気そうな寝顔に、私は急速に反省モードに突入した。

よれよれのスーツを着た彼は、一週間の仕事を終えて、ひと時の癒しを得るためにあのおでん屋にいたんだろう。
なのに私ときたら、酔っ払ってくだを巻いて、つまんねー話に付き合わせたあげく、こんなとこまで引きずり回して。
・・・・・・これじゃあ、まともな男に言い寄ってもらえるはずがない。

取りあえず、よく寝てるところを起こすのは忍びない。
ひとしきり正座して深く反省すると、私は彼にそっと毛布をかけた。




・・・次の日の朝。
ごそごそ、という音で目が覚めた。
寝室の扉をそっと開けると、男は目が覚めたらしく、起き上がって毛布を畳んでいた。

「おはよう」

声をかけると、男はビクッとしてこわごわ振り向いた。

「・・・・・・おはようございます」
「良かったら、お茶漬け食べていきなさい」
「まだこだわってるんすか・・・」

彼が少し呆れたように呟いた。 しかし、言い出した手前引き下がれない。

「私の気が済まないのよ」
「・・・じゃあいただきます。 腹減ったし」
「ええ、待ってて」

私は、狭いキッチンに置かれた冷蔵庫を開けた。
たらこと鮭があったはずだ。
小さめのフライパンを火にかけ、鮭を焼いている間にたらこをほぐす。
酒をほんのちょっと垂らして、スプーンでわーっと混ぜた。
そして焼き鮭もほぐしてフレークにする。
沸かしたお湯でお茶を入れ、寝る前にセットしておいた炊きたてご飯を茶碗に盛った。
そこに、きざみ海苔と鮭とたらこを乗せ、熱々のお茶を注ぐ。

「できたわ」
「・・・うっわ、うまそう。 いただきます」

彼は、骨ばった手を合わせると箸を取り、「あちっ」 と言いながらも豪快にお茶漬けをかきこんだ。

「ご馳走様っす。 うまかったっす」

お椀を綺麗に空にして、食べる前と同じように手を合わせて、彼は箸を置く。

「良かったわ」

食べ終わった私も箸を置いた。

「あーでも、お茶漬けじゃなくて、マヨネーズちょこっと入れてもうまそうっすね」
「・・・かもね」
「今度試してみよー」

彼はにこっと笑って、「そろそろ失礼しまっす」 と立ち上がった。
それを玄関まで見送る。

「本当に、悪かったわ」
「いーえー。 面白かったすよ。 すっぴん可愛かったし。 じゃ!」

固まった私を置いて、彼はさっさと廊下に消えた。
・・・・・・そうだった。 すっぴんだったんだわ、私。
こめかみを押さえながら中に戻る。
二人分のお茶碗と、お箸。 そして湯のみ。
そこにほんの少し残された他人の痕跡が、自分の部屋をやけに広く見せていた。




────翌週、会社で知った事実。
高梨先輩があっちこっちで浮気してるのは、有名だったらしい。
あぶない。私、会社の女子社員数名と姉妹になるとこだった。
自分の見る目のなさが心から悔やしい。

けど、お茶漬けを食べていった男のことを思い出すと少しだけ気持ちが浮上する。
・・・・・彼にまた会えたら、「マヨネーズも美味しかったよ」 と伝えたい。
あの後、鮭とたらことマヨネーズをご飯に乗っけて食べたら、思ったよりもずっと美味しかったから。
そして食べながら気づいたんだ。
まだまだ、新しいことを知って変わっていける歳なのだ、私は。

・・・長いこと背負ってきたかっこつけも、きっと必要なものだったんだろう。
でも、それに振り回されてたら確かに本末転倒だ。
次こそは相手をちゃんと見極めて、素の自分の出し方もちょっとずつ覚えて。
いつか、自分に合った恋ができればいいなと思う。




────おでん屋さんには、あれから時々飲みに行った。
あの男、間宮とは数ヶ月を経てすっかり飲み友達である。
・・・彼が笑うとほんの少しドキドキするのは、まだ内緒。


<END>



続編 → ごはん味噌汁たまご焼き。

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