Love Like Vanilla Beans 1

ぶちあたり乙女の決意

Status
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名前 : 市谷莉世  年齢 : 18歳
恋愛レベル : 11  称号 : ぶちあたり乙女
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それは、五月のとある夕方、数学準備室での出来事。

「センセイ。 話があるんですけど!」
「何だ?」
「好きです!」

バサバサ、と机の上に山積みされたプリントが床に崩れ落ちる。
先生の口から、火の点いてない煙草がぽろりと落ちた。
眼鏡の奥の目が、大きく見開かれている。

・・・戦いの火蓋は切って落とされた。

カーン!! とゴングの音が脳内に高らかに響く。
先手必勝の作戦は、まずまずの成果!
野生のアナコンダと遭遇した時はこんな感じだろうってくらい、先生の顔は引きつってる。
不意打ち成功! ・・・と思ったのは、ほんの束の間。

「・・・冗談はその間抜けな顔だけにしておけ」

呆気に取られた顔をすぐに立て直して、先生は不機嫌な声を絞り出した。
どうやら今日もあの毒舌は絶好調みたいです。でも負けないよ!

「この顔が冗談を言ってるように見えますか?」
「俺が必死でスルーしようとしてんのに、無理矢理話を元に戻すな」
「華麗に元に戻しますよ! 私は真剣です。 本気と書いてマジですよ!」
「そこは笑えばいいのか? お前には情緒ってもんがないな。 だから、却下だ」
「情緒があればいいんですね!? じゃあ、今から短歌作ります! 五・七・五・七・七だから、えーと・・・」
「 い ら ん わ ! 」

鋭く鼓膜に突き刺さる声までいいなと思ってしまうあたり、恋って不思議だ。 奇跡でミラクル!
けれど、私のトキメキを全く理解しない目の前の男性は、はぁー、と深く溜息をついた。

「あのな、お前が直球だから直球で返させてもらうぞ。 好意はありがたいが、俺は教師でお前は生徒だ。 悪いが、俺は生徒と付き合う気はない。 諦めてくれ」
「お言葉ですがセンセイ、その返事はテンプレすぎます。 それこそ情緒不足な上にオリジナリティが足りないです!」
「・・・ご指摘どうも。 情緒と文学的表現については、国語の石田先生に教授してもらっておく。 理解したらとっとと出て行け」
「そうですね、もう遅いから帰ります。 聞いていただいてありがとうございました」
「おう、どこぞの同級生とさっさと新しい恋に落ちろ」

ついでに地獄に落ちろ、と小さな声が聞こえた気がした。 けど、そんな言葉は恋する乙女脳が自動で削除してゴミ箱行きなのだ!
先生は顔をしかめながら、しっしっと私を追い払った。 ちょっと傷つく。 犬じゃーないんだからさ。
そんな内心はともかく、帰り支度をしながら私はにっこりと笑った。

「あ、言い忘れてましたけど」
「・・・まだ何かあるのか」
「私、諦めませんから! でも、センセイの迷惑にはならないようにしますね」
「・・・・・・なら今後、お前はこの数学準備室に立ち入り禁止な。 あと、俺に話しかけるな。 迷惑だから」
「こっそり後をつけるのはいいですか?」
「ストーカーは犯罪だ!」

青筋を立てて先生は少し声を荒げた。 そろそろ潮時かもしれない。 引き際は重要だ。
私は、少さく笑った。

「センセイに、知っててもらえるだけで幸せです」
「・・・・・・一秒前のことは忘れた。 俺は何も知らない。 聞いてない。 だから今すぐ帰れ」
「はーい。 センセイ、さようなら」
「気をつけてな、市谷」

先生はこちらを見ないまま言うと、もう一つ溜息を零した。
ひっそりと、何かが壊れた気がする。 ほんのさっきまでは、比較的仲がいい先生と生徒だったんだけどな。
ここまでの関係を築くのにすごく頑張ったんだけど、その努力とも、さようなら。

(あーぁ・・・)

でもね。 こうなるって分かってても、気持ちを伝えずにいられなかったんだ。
センセイと何でもない話をするのは楽しかったけど、やっぱり、気づいてほしいという欲求に負けちゃったんだよねえ。
残された時間は、たったの十ヶ月。
その間は、一生懸命想っていたい。 報われなくてもいいから。

静かに、準備室の扉を閉める。
放課後の廊下は静まり返っていて、私の早鐘のような鼓動だけがやけに耳についた。
物理的に私と先生を隔てる薄い板の向こうで、散らばったプリントを拾い上げる気配がした。
すごく切ない。
だけど、先生と私を隔てる精神的な障壁は、こんなもんじゃなくぶ厚いのだ。



* * *



・・・去年、産休で休んだ先生の代わりに、臨時で来たその人は、まだ若い男の先生。
現在、うちの副担任。 高校の数学教師。 二十五歳。
独身。 彼女の有無は不明。 知ってることはこれくらい。

でも、講義の時の真剣な横顔は、誰より知ってる。

黒板にカツカツとチョークを走らせる手を、きれいだ、と思った。
背は普通より少し高い程度。 太っても痩せてもいない、ほどほどの体格だ。
いつも細い黒縁の眼鏡をかけている。 コンタクトは合わないんだって。
すうっと通った鼻筋や、皮肉っぽく吊り上がった口元も素敵。
口はすっごく悪い。 そんな性格でも、男子と一部の打たれ強い女子 (つまり私みたいなの) には人気がある。

「この公式は重要だからな。 絶対覚えとけよ」

翌日、何事もなかったように先生はいつも通り教壇に立った。
新しい公式を説明しながら、先生は片手で眼鏡のフレームを押し上げる。 それをまんま、ごりごりと教科書に落書きしてみる。 キラーン、っていう菱形も周りに散らして完成!
そこまで描いて、消しゴムで絵を消した。
あー・・・さすがにせつないなぁ・・・。 この気持ちを忘れられたら、すっごく楽なんだろうけど。

「じゃあ次の問題」

・・・でもやっぱり素敵。
視線を外して空を見上げても、頭の裏に焼きついた横顔は、私を魅了してやまなかった。

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