Love Like Vanilla Beans 2

人見知り天使の困惑

Status
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名前 : 藤井早苗  年齢 : 18歳
恋愛レベル : 9  称号 : 人見知り天使
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ここは、A棟、図書館前の廊下の隅。 私の特等席です。
時々、この窓辺から夕日に染まるグラウンドを見下ろすのが、私の習慣になっています。

今日もそうやって、私はぼんやり下を眺めていました。
テスト期間中なので、部活動は本来ありません。 でも、空いたグラウンドに数人の生徒の長い影が伸びています。
男の子たちが何人か集まって、制服のままサッカーに興じているようです。
多分、元サッカー部の三年生なのでしょう。 彼らの中に、幾つか見知った顔があります。

大会が終わって引退した彼らは、受験生だという鬱憤を吹き飛ばすかのように、楽しそうにボールを蹴っています。
彼らの軽やかな動きを目で追いながら、ふっと息をついた時。

「・・・ふーじいさんっ」

ぽん、と背中を叩かれ、私は思わずびくっと肩を震わせました。
振り向くと、そこには同じクラスの女の子が立っていました。
市谷さんでした。
美人で明るい彼女と、ちびで人見知りな私とは、クラスメイトといっても話す機会がそうありません。
もちろん、挨拶程度は交わしますが。
(どうして彼女がここにいるんだろう) と不思議に思っていると、市谷さんは私の隣に立って窓枠に手をかけながら、「にぃっ」 としか形容できない笑顔を浮かべました。
彼女の言動は、その容姿から受ける印象より、ずっとずっとフランクです。
しかし、そのギャップが彼女の魅力になっているのかもしれません。
何にせよ、美人は得だということでしょうか。 羨ましいです。

「図書館に寄ったら、藤井さんが見えたんだ。 邪魔した?」
「い、いえ・・・」

私は緊張して、思わず俯いてしまいました。

「藤井さん、よくここにいるよね!」

私のぎこちない態度を気にした風もなく、市谷さんは話しかけてきました。
・・・普段話さない人と話すのは、少し勇気が必要です。
でも、答えないのはもっと失礼です。 背の高い彼女を見上げながら、私はおずおずと口を開きました。

「グラウンドを、見てたんです。 サッカー、楽しそうだなって」
「あー、あの人たち、元サッカー部連中だよね」

彼女はグラウンドに目を移し、くすりと笑いました。

「遠くから見てると、男子って何か犬っぽいよね。 じゃれるの大好き! って感じでさ」
「そうですね」

つられて、私も笑いました。
確かに、男の子は女の子より活動的で犬っぽいイメージがあります。
もちろん、そうじゃない静かな男の子もいるけど、何となくそんな印象です。

「クラスの男子も何人かいるね。 あれは・・・石井とー、山口かな?」
「・・・そう、みたいですね」

彼の名前が出て、一瞬息が詰まりそうでした。
不自然な間に市谷さんは気づいたでしょうか。
頬が熱くなっているのは、赤い夕日で分からないと思いたいです。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

しばらく、私たちはグラウンドを黙って眺めました。
緊張は、いつの間にか解けていました。
いつもの彼女とは少し違う、穏やかな静けさのせいかもしれません。

「・・・・・・私、藤井さんと友達になりたいな」

そっと息をついた後、ぽつりと呟かれた市谷さんの声。
なぜか、それはとても切なげに私の耳に響いたのでした。
ふと。
・・・もしかしたら彼女も手の届かない恋をしているのではないだろうか、と。
そんなことが脳裏をよぎりました。

「藤井さんのこと、“早苗ちゃん” って呼んでいい?」
「え・・・あ、はい。 早苗、でいいですよ」

「ほんと?」 と嬉しそうに笑う市谷さんは、とってもかわいいです。 思わずくらっとしてしまいました。

「じゃあ私のことも、莉世って呼んでくれる? あ、ついでに敬語もなしで」
「あ・・・これは、癖、なんです」
「ふーん、そうなの? でも、早苗の敬語、かわいいね」
「え・・・」

かわいい、なんて言われて、今度こそ私は耳まで赤くなったに違いありません。

「あ、私、塾の時間だ。 また明日ね、早苗。 ばいばーい!」

私の反応を面白そうに眺めていた彼女は、けれどすぐにひらりと体を翻し、手をひらひらと振りながら、軽やかな足取りで去っていきました。
背筋の伸びた後ろ姿がオレンジ色に染まった廊下の向こうに消えると、市谷さんに振り返した手を下ろし、私は軽く溜息をつきました。

美人で、明るい市谷さん。
────私の、好きな人の好きな人。
彼がいつも、密かに目で追ってるのは、今去っていった女の子です。



市谷さんと彼は、クラスでは仲が良い方に入ります。
けれど、市谷さんはまるで彼の熱っぽい視線には気づいていないみたいです。
・・・きっとそれは、市谷さんの心を占める他の誰かがいるから、なのかもしれません。
一体それが誰なのか、人の恋に興味があるお年頃の自分としては、少し気になります。
さっき、彼女がひそやかについた吐息は、彼女の切ない気持ちをそのまま音にしたようで、しばらく私の耳に残っていました。

────さて、日が随分と傾いてきました。
私もそろそろ帰宅しなくては。

・・・「友達になりたい」 と言った、そんな彼女の言葉を、私は素直に嬉しく思っていました。
彼女に嫉妬するほど、私の恋は大それたものではありません。
市谷さんを見つめる彼を見るたび、ちょっぴり悲しくはあるけれど。
でも、ここから嬉しそうに跳ね回る彼を見ているだけで、幸せな気持ちになれるから、それでいい。

暗くなってきたグラウンド。 目を細めて、私は窓辺から離れます。
ぼんやり灯る胸の小さな火が、ほんのりと明るく、温かくなったような気がしました。

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