Love Like Vanilla Beans 4

情報通美人の観察

Status
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名前 : 広沢蓉子  年齢 : 29歳
恋愛レベル : 47  称号 : 情報通美人
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九月も半ば。 窓の外に広がる空は、見事な秋晴れだわ。
そんな空模様とは対照的に、目の前の女の子の顔は見るからに曇っていた。

「藤井さん、だったよね」
「あ・・・はい」
「彼女はしばらく寝かせておくから、教室に帰っていいわよ」
「分かりました、よろしくお願いします」

大人しそうなその子は、ペコリ、と頭を下げると、ベッドの上の友人を心配そうに見つめた。
それから、保健室の扉を丁寧に閉めて去っていく。
私は、白いシーツと薄い毛布が敷かれた簡素なベッドに歩み寄った。
そこに横になっているのは、三年の市谷さん。
彼女は普段、とっても元気な子なんだけど、時々こうして保健室に顔を出すのよね。
あ、別に変な病気ってわけじゃないのよ。
ただ、生活環境に問題があるっていうか────

その時、毛布の下で ピピピ、と体温計が鳴った。
ごそごそ、と体温計を取り出し、彼女はそれを目の前にかざす。
私は、紅い彼女の顔を覗きこんだ。

「市谷さん、熱は?」
「38.2度・・・」
「結構高いわねえ」
「んー、大丈夫だよ。 少し良くなったら自力で帰るからー・・・」
「あら、だめよ!」

私は即座に却下した。 だってね、

「あなた、去年体調を崩した時に、無理して電車で帰って駅でぶっ倒れたでしょ? タクシー乗れって、あんだけ言ったのに!」
「・・・あれは、お金がもったいないと思って・・・」
「あなたの体の方が大事よっ。 もっと自分の体を大切にしなきゃ」

言い訳を口にした彼女に小言を続ける。

「いーい? そのピチピチのお肌も、きちんと手入れしなきゃだめよ! じゃないと、後で絶対後悔するわよ!」
「ヨーコちゃん、それ風邪とあんま関係ない・・・」
「そういえばそうね」

私は腰に当てていた手を下ろした。
つやっつやな肌の若い子相手だから、つい本音が。 大人気なかったかしら。

「ヨーコちゃんが送ってくれたらいーじゃん・・・」

市谷さんはそう言った後で苦しそうに 「うぅー」 と小さく唸った。
・・・ほとんどの生徒は、養護教諭の私を 「ヨーコちゃん」 と呼ぶ。
一回り以上、年下の生徒たちだけど、私は大して気にしてない。
生徒の健康状態を把握したり、悩みを相談されたりするのも仕事のうちだからね。 やたら馴れ馴れしいのも問題だけど、生徒に距離を置かれちゃったら話にならない。
というわけで、先生方の白い目をちょっぴり気にしつつ、私は生徒の好きなように呼ばせていた。
顔馴染みの市谷さんも、然り。

「あのね、市谷さん。 私も電車通勤なの。 運転免許すら持ってないわよ!」

私が半目で言い返すと、彼女は残念そうな表情を浮かべた。

「あー、そうだったっけ・・・」
「放課後まで熱が下がらなかったら、先生の誰かを捕まえてお願いしてみるわ。 いいから寝てなさい」
「はい・・・」

もにょもにょ、と彼女は何か呟いて潤んだ瞳を閉じる。
そっとベッドの側を離れた私は、さて、と気合を入れて、書類仕事に戻ることにした。



* * *



放課後になっても、彼女はまだ苦しそうに息をしていた。
これじゃあ一人で帰せないわね。 誰か捕まえてこなくちゃ。
私は立ち上がり、ついでに校長先生に渡す書類を手に職員室へ向かう。

その途中で、佐倉先生とすれ違った。
あら、ラッキーだわ。
彼は市谷さんの副担任で、車で通勤してたはず。
クラス担任の森井先生は、小さなお子さんがいらっしゃるから、HRが終わるとすぐ帰っちゃうのよねー。
ま、先生方もそれぞれ事情があるから、仕方ないわ。 そんな時のために副担任がいるんだし。
というわけで、私は笑顔で佐倉先生を呼び止めた。

「・・・何か?」

普段接点が無いせいか、佐倉先生は怪訝な顔をしてる。
そーんなに警戒しなくたって、いいじゃない。 ねえ?

「先生が副担任をしてらっしゃるクラスの、市谷さんが熱出しちゃって」

そう言うと、彼は 「バカも風邪を引くのか・・・」 と呟いた。
しっかり聞こえてますよ、先生。
聞こえなかったフリしよ。

「彼女、一人暮らしだからお迎えとか期待できないんですよね」
「市谷が、一人暮らし?」

眼鏡の奥の硬質な視線が、軽く瞬きした。

「ええ。 ご両親が海外に行かれたらしくて、彼女だけこちらに残ったと聞いてます」
「そうなんですか、知りませんでした」

彼はなぜか顔を顰めている。
・・・まあ、佐倉先生が知らなくても仕方ない。 担任の先生と私くらいしか聞いてない事情のはずだし。
彼女、なぜか友達にもその辺言いたがらないの。
でも佐倉先生は副担任。 それくらいの事情は知っていてほしい。 というわけで、彼女には事後承諾を得ておくことにする。
それよりも本題本題!

「佐倉先生は確か、車で学校に来てらっしゃるでしょう。 急なお願いですみませんが、彼女を自宅まで送ってくれませんか?」
「ああ、構いませんよ」

腑に落ちた、という顔で佐倉先生は頷いた。 良かったわー!

「ありがとうございます、助かります! あ、えーと・・・」

胸を撫で下ろしたところで、私は手にした書類の存在を思い出した。

「・・・すみません、佐倉先生。 先に保健室で待ってていただいてもいいですか? この書類、出してきちゃいますんで」
「分かりました」
「すぐ戻りますね」

お互いに会釈して、私たちは別れた。
・・・・・・それにしても、佐倉先生って何考えてるか分かんない人よねー。
生徒には人気あるみたいだし、仕事はきっちりやる人みたいだけど。



校長先生の机に書類を置いて、早足で元来た廊下を戻る。
保健室の辺りは、いつものことながら静かだ。
私は、見慣れた扉に手をかけて、そっと横に引いた。
寝ている生徒を起こさないように、いつもの癖で。

ベッドの側に立つ佐倉先生は、私が戻ってきたことに気づかなかったみたいだった。
でなければ、彼もあれほど無防備な仕草を見せなかったと思う。
長い指の先が、眠っている市谷さんの、白いシーツに散らばった黒髪の一筋にそっと触れたのを目にして私、つい固まっちゃったのよね。
────本当に 「思わず」 といった感じだった。
なのに、その仕草はまるで、壊れ物に触れるかのようで。

それは、ほんの一瞬だった。
佐倉先生は、はっと顔色を変え、慌てて手を引いた。

(・・・あらあらあらあら)

・・・・・・確か、佐倉先生ってまだ二十五歳かそこらだったわよね。
まあ、経験値高めな私に言わせれば 「まだまだ若いわー」 って感じ。
いいえ、違うわねー。 青いと言うべきかしら。

引き戸の残りを、今度はわざと勢い良くスライドさせた。
ガラガラッと音が響く。 佐倉先生はびくっと肩を揺らし、こちらを振り向いた。

「佐倉先生、お待たせしました」

笑いを噛み殺して、私は見なかったフリをする。 あー怯えちゃって。 かわいいわね!

「ほらほら起きてー、市谷さん。 佐倉先生が送ってくださるんですってよ」

硬直してる彼の横を通り過ぎて、ベッドの側に立ち、眠り姫の肩をぽんぽんと叩いて起こす。

「・・・ヨーコちゃん・・・あ、センセイ」

佐倉先生がいることに気がついた彼女の頬が、さらに紅くなる。

「市谷、廊下で待ってる」
「あ、はい」

素っ気無く言って、佐倉先生は出て行った。
目を白黒させて、慌てて体を起こした市谷さんに私は微苦笑する。

「さっき、あなたのクラスの子が来て、荷物は置いてってくれたわ。
 熱を計ったら帰りなさいね。 ほら、体温計」

あたふたと、市谷さんは私の手から体温計を受け取った。
花の蕾のようなその女の子に、心の中で小さく語りかける。

────ねえ、市谷さん。
あなたの恋は案外、脈なしじゃないかもね。

・・・・・・私、市谷さんの好きな人が誰か、実は結構前から知ってるのよねー。
養護教諭の観察眼って、なかなか捨てたもんじゃないのよー? うふふ。



私だって、ちょっと前までは男子生徒の告白とか、結構受けてたのよね。
一つ年上の彼氏一筋だから、私、全部断っちゃったけど、彼らは彼らなりに本気だったと思うの。
その気持ちを否定はしないわよ。 憧れだって恋だもの。

まあ、教師と生徒っていう組合せが、一般的にあまり褒められたもんじゃないってのは確かよね。
あの二人は、場合によってはどちらかに釘を刺すかもしれないけど、しばらく要観察ってとこかしら。
・・・・・・にしても、他人の色恋沙汰って、どうしてこんなに楽しいのかしら!
特に若い子の恋って初々しくっていいわよねー。 うんうん。
面倒くさいこともあるけど、やっぱりこの仕事はやめらんない。

さて────言い合いしながら帰ってく二人の秘密は、しばらく私の胸にしまっておくとしましょうか。

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