Love Like Vanilla Beans 5

無謀な挑戦者の幸福

Status
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名前 : 小太郎  年齢 : 四ヶ月
恋愛レベル : 2  称号 : 無謀な挑戦者
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それまでオレは、外の世界なんて、見たことなかったんだ。



* * *



にゃーーーにゃーにゃにゃにゃにゃーにゃ。
みゃあにゃにゃにゃーにゃ。

《訳》

前の飼い主んとこに、オレは生まれて一ヶ月でもらわれてきた。
そいつは見るからに冴えねえやつだったけどよ、そこそこオレをかわいがってくれたさ。
オレは雑種だけどな、虎模様の茶色の毛皮は、そりゃーフカフカしてんだ。
今風に言や、「モフモフ」 ってやつよ。
飼い主の人間もオレの毛並みを気に入ってて、暇さえあれば、しょっちゅうなでてくれたもんだ。

あ、この古臭えしゃべり方は、そいつからうつっちまったんだ。
今、世話んなってるところの先住猫たちからは、「とっちゃん坊や」 って笑われるんだけどな。 なかなか直んねえわ。

おっと、話がそれたぜ。
でな、その前の飼い主が住んでたのは、動物を飼っちゃいけねえ部屋だったらしいんだ。
「あぱーと」 って人間がよんでるところだった。

一ヶ月前のことだ。
オレは腹が減ってみゃーみゃー泣いてたのよ。
したら、一階に住んでる大家に見つかっちまった。
キンキンした声のうっせえオバサンが怒鳴りこんできてよ、飼い主は平謝りさ。
その足で、オレを段ボールに入れて遠くの空き地に捨てたんだ。
あいつ、泣いてたけどさあ。 泣きたいのはこっちの方だぜ? ほんと、ひでえ話だよな。
尻の毛まで抜かれるって、こういうことを言うのかね。

・・・とにかく、オレは飼い猫から一転、捨て猫よ。
ぼやいたって仕方ねえ。 オレは段ボールのすきまからどうにか抜け出して、通りを走りまくった。

人間にあやうく踏まれそうになりながら、オレは初めての自由を味わった。
歩きながら、オレは目を細めたもんさ。
あの青くて高い空のてっぺんで、蛍光灯の何十倍も明るく光ってんのが、本物のお天道様ってやつなのか、ってな。
ガラス越しにゃあ知ってたけど、直接目に飛びこんでくるその光は、やけにキラキラしてまぶしかった。
初めて見る外の世界は、オレにとっちゃ珍しいものばかりさ。
よそ見しながらの道中で、野良犬につかまりそうにもなった。
けど、何とか塀の上にのぼってやりすごした。
もうちょっとで尻尾かじられるとこだったんだぜ。 あぶねえあぶねえ。



で、いつの間にかオレは、若い兄ちゃん姉ちゃんがたくさんいる、でっかい建物の敷地ん中に入りこんでたんだ。

「あ、子猫!」
「かーわいーーーー!!」
「・・・ふみーーーっ」

若い姉ちゃんの集団に見つかって、オレはすぐさまその場を逃げ出した。
オレだってさ、若い姉ちゃんが嫌いなわけじゃあないぜ?
いろいろ経験した今は、この世知辛い世の中で、そいつらが一番自分に優しい人種だとわかってる。
だが、あん時は世間知らずの箱入り猫だったからよ。 集団で追っかけられるのが怖かったんだ。

茂みに隠れながらどうにかやりすごして、オレはひとけのない、建物の裏手に出た。
その時、一本の木が目に入ったんだ。
それを見つけた瞬間から、ある誘惑が湧き上がって、どうにも我慢できなくなった。
近寄って眺めてみればみるほど、そいつはとても具合がよさそうだった。
何にって、木登りだよ。
なぜ木登りするかだって?
人間だって、山とかに登るんだろ?
前の飼い主が見てたテレビによりゃあ、山に登ることが仕事だっつうそのオッサンは、「そこに山があるからだ」 って言ってたぜ。
オレの場合だと、「そこに木があるから」 ってことさ。

そのごつごつして乾いた木の皮に爪を立てる感触とか、枝の上から見下ろす風景を想像したら、もうたまらなくてよ、オレはついにその木を上り始めた。
前の飼い主の部屋じゃあ、柱で爪といで叱られたりしたが、ここなら何やったって自由だ。

爪を木の肌にかけると、案の定、最高の感触だった。
オレはいともたやすく木登りできる自分がほこらしかった。
そんでうれしくなって、オレは更に上を目指したのさ。

だけどな。
つい、調子に乗って上りすぎた。
オレは、下りられなくなっちまったんだ。



体がすくんで声すら出せないオレが枝の上で震えている間、何人もの人間が下を通り過ぎてった。
けど、誰一人オレに気づいちゃくれねえ。
こうなったら仕方ねえ。
ここは一つ、勇気をふりしぼって自分で下りようと決心した時だった。

「・・・ん?」

恐るべき野生の勘とでも言うべきか、通りがかった女の子がオレの気配に気づいて顔を上げたんだ。
丸くて黒い目と、視線があう。

「あっれー? 子猫?」
「みゃー!」

必死にオレは叫び返した。 猫語で。
しかし、ありえねえ意思疎通力で、彼女はオレが下りられなくなったことをすぐに理解したらしい。
「そっかそっかー、下りられないんだね! ちょっと待ってて」 と言うが早いか、よいしょと木に足をかけ、登りはじめた。
そして、幹のでっぱりを掴み、軽々と自分の体を引き上げる。
テレビで見た猿より器用に、するするとオレの目の前まで登ってくると、彼女は満面の笑みで手を差し出したんだ。

「ほらー、おいで」
「おい、市谷何やってんだ。 パンツ見えてるぞ」

その時、下から低い声が聞こえてきた。
眼鏡をかけた、意地悪そうな男が、いつの間にやらそこに立ってたんだ。

「っぎゃああああ!! ちょっとセンセイ! 見えない角度に行っててよ! 最悪! バカ!」

彼女が大声を出したので、オレはびくっとして体をひいた。
そのとたん、バランスを崩して落ちそうになって、必死に枝にしがみついた。

「にぃぁあああ!」
「っと、捕獲成功!」

オレの軽いからだがふわっと持ち上がったかと思うと、次の瞬間にはあったかさに包まれた。
そして、片手でオレを抱きながら、女の子は猫のオレでも見とれるような身のこなしで木を下りていった。
見る見る地上が近くなり、あっという間にほっそりした足が地面を踏む。
女の子は振り向いて、白い目でこちらを見てる眼鏡の男に自慢げに胸をそらせた。

「いやー、昔とったキネヅカってやつだよ! 木登りはよくやってたんだよねー。 懐かしい」
「危ないだろうが。 校内で怪我されても迷惑だ」

苦い表情を浮かべて、その男は言い放ってオレをの方をちらりと見た。
ほんと、やな感じのヤローだな。 
地面に着いて余裕が出たオレは、「こいつ、いつでも引っ掻いてやんよ」 とばかりに爪をすぐ出せるように身構える。

「野良猫か?」

男はオレの威嚇する気配に気づいたのか、眉を顰めて質問しただけで手を伸ばしたりはしなかった。
女の子は、「んーどうだろ?」 と言いながらオレの首のあたりをなでる。 くすぐってえな。

「多分野良猫だねー、センセイ。 首輪はついてないみたいだよ。
 でも結構人に懐いてるね。 あんまり暴れないし。 できたら、連れて帰ってあげたいけど・・・」
「お前の家、アパートだろ。 飼えないんじゃないのか」
「んー。 そうなんだよねえ」

その言葉を聞いて、オレは内心がっかりした。
彼女はやさしそうだし、ついてってもいいかな、と思ってたんだ。
けど、この子が 「あぱーと」 に住んでるんなら、前の飼い主と同じで、いつか捨てられる日が来るに違いねえ。 そんなのは、いやだ。

「藤井とかに相談してみたらどうだ」 
「えー・・・うん」
「・・・お前ら、ぎくしゃくしてるみたいだけど、ケンカでもしてんのか」
「まあ・・・」

歯切れ悪く、女の子は返事をする。

「あの風邪のあと、一人暮らしってのが早苗にバレちゃってさ。 『何で頼ってくれないんですか!?』 ってすごい怒られたの」
「だから言っただろ、頼れって」
「だねー。 センセイの言うとおりにしときゃ良かったよ。
 山口に告白されたって伝えた時は 『仕方ないですよね』 って笑ってたんだけどなー。
 そっちの方が怒られると思ったのに」
「友情に厚いやつなんだろ」
「そうなのー。 早苗はほんと、私にも山口にももったいない、すっごくいい子なんだよね!」
「で、まだ気まずいわけ?」
「うーん、そこまで言ってくれる子って初めてだから、戸惑ってる、のかも。
 早苗も早苗で、怒っちゃった自分にびっくりしたみたい。 それで・・・うん、気まずくなってるかも」

女の子は、はあ、とため息をこぼした。
オレには良くわかんねえけど、女心はいろいろと複雑ってやつなのか? そうなのか?

「まあ、いいきっかけじゃないのか。 その猫をダシにちゃんと話してみればいい」

男の声に、オレが目を上げる。
女の子は睫を伏せていた。

「うん、そーしてみよっかな。 でも・・・不安なんだ。 私たち、元通りになれるかな?」
「さあ。 お前次第じゃないのか」

お前、こういう時ははげましてやれよ。
オレが 「うみゃー」 と鳴いて男に突っこむと、女の子はオレを優しく撫でながら笑った。

「だよねえ。 センセイならそう言うと思った。 まあ、頑張ってみるよ」
「ああ、そーしろ。 猫は見なかったことにするから、他の先生に見つからない内に早く行け」
「うん、ありがとー! じゃあねー」

彼女は軽やかに身を翻して、オレを抱えてその場を走り去った。
────だから、彼女が立ち止まった時にこぼした、あの切ないため息を聞いてたのは、オレだけだったはずだ。



うみゃ、にゃーにゃにゃにゃーにゃ。
にゃにゃーにゃにゃう、にゃ。

《訳》

・・・・・・結論から言うと、オレはその女の子の友達の藤井早苗って子に引き取られることになった。
元からその家には二匹の猫がいたんだが、あいつらはオレを快く迎え入れてくれた。
今では、同じ毛布の上で丸くなって眠ったりする。 すっかり、家族みてえなもんさ。
そうそう、名前も新しくつけてもらったんだぜ。
「小太郎」 ってんだ。 いい名前だろ?

「ほれほれー、小太郎!」

時々、オレを助けてくれた女の子もオレを構いに早苗んちにやってくる。
彼女は太陽みたいな笑顔で、おもちゃの紐をゆらゆらと揺らして、オレを誘う。
早苗はその横でニコニコ笑ってる。

そうやって彼女や早苗といる時間が大好きだ。
彼女と出会って、早苗といられて、オレは本当に幸せ者だって、心からそう思うのさ。

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