Love Like Vanilla Beans 6

冷静沈着ハンターの打算

Status
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名前 : 佐々木泉  年齢 : 24歳
恋愛レベル : 27  称号 : 冷静沈着ハンター
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人の出入りも多いし、ひっきりなしに電話が鳴る。
ここは、社内でもっとも騒がしいと言われる営業部。
配属されて早二年、この喧騒にもすっかり馴れた。
全部同じに見える棚の中身も、すべて把握してる。 今は、使ったファイルを元の棚に戻す最中。

「・・・佐々木さん、ちょっといいかな」

ファイルを戻し終え、デスクに戻ろうとした時、名前を呼ばれて振り返った。
一年先輩の営業、石井さんだ。
すぐそばで立ち止まった石井さんは、困った様子で笑顔を浮かべた。

「何でしょう」

私の表情筋は、脊髄反射のような反応速度で営業スマイルを作り上げる。
女たるもの、愛想は大事よ。
・・・それが通じる相手・通じない相手がいたとしても、だ。
ちなみに、目の前の石井さんは通じない。 人当たりがいいから、愛想を振りまいても同じ対応しか返ってこないのよね。
でも、社内では誰が見てるか分からない。
「いい子ちゃんを演じるなら徹底的に」 が私のモットーです。
それはそうと石井さん、発注先でトラブルでもあったんだろうか。
面倒な頼みごとは、正直勘弁してほしい。

「佐々木さん、今週の金曜、よければ合コンに参加しない?」

あら、仕事の話じゃないんだ。 予想が外れた私は、軽く首をかしげた。

「合コンですか?」
「うん。 人数が足りなくてさ」
「・・・」

・・・同期によると、私が合コンしまくってるって噂が営業部全体に広がってるらしい。
だから石井さんは、あまり親しくないのに私を誘いに来たのかな。
まあ、合コンによく行ってるのは本当なんだけどね。

(それよりも・・・)

私の頭がめまぐるしく回転する。 金曜は、スケジュール的に問題ない。
立てこんでる仕事も今んとこ、ない。

「・・・男は僕の大学の友達がメインで、みんないい奴ばかりだよ。
 女子は僕の同期が多いけど、佐々木さんの同期の遠藤さんも来る。 気軽な飲み会だと思っていい」

悩む素振りを見せた私に、怪しい集まりじゃないと一生懸命説明する石井さん。
すでに私は行く気満々だけど、そんな態度は見せない。 駆け引きはもう始まってる。 安く見られる言動は避けたいの。
新たな情報は、私の食指を更に動かした。 石井さんは、堅実な仕事ぶりがとても評価されてる。 彼の友達なら、まともな人が多いはず・・・・・・これは期待大!

「分かりました。 私でよければ参加します」
「ありがとう」

計算結果にしたがって頷いた私に、石井さんはほっとした様子で笑った。

「じゃあ、後で詳しい時間と場所を連絡するから」
「よろしくお願いします」

あとでね、と去っていく石井さんの背中を見送る。
デスクに戻る道すがら、私は 「うっしゃ」 と気合を入れた。



* * *



なぜ私が合コンに精を出してるかっていうと。
やっぱりね、不安なの。
仕事だって今は順調だけど、十年後は分からないしね。
会社も景気がいいとは言いがたい。 今の居場所も、いずれ若い子に取って代わられるかもしんない。
さらに、この競争社会をサバイバルする才能が自分にあるとは思えない。
ゆえに経済的にしっかりしたパートナーがいれば安心だって、そう考えたわけ。
打算的かもしれないけど、私に言わせれば、何の展望もなく時間を浪費してお先真っ暗なんてごめんよ。
あがくなら早めが吉。 で、辿りついた結論。
高く売れる時に買ってもらいましょう。

そういうわけで、私は数ヶ月前から暇さえあれば婚活に精を出している。
けど、残念なことにまだピンと来る人がいない。
でも、もしかしたら次は。
だから今日も、お風呂上りに高級パックをしながら、丁寧に爪を磨く。
関節がつりそうになりながら、やすりで踵や肘をやわらかくする。
・・・綺麗になるためなんだけどね。 この姿はちょっと他人には見せられない。



* * *



金曜の居酒屋は、ほぼ満席だった。
石井さんが予約してくれたらしい個室で、同期の夕子としばし待つ。
それにしても 「大人の隠れ家」 っていう謳い文句の居酒屋、多いわよね。
ここもそう。 ストレスフルなこの世から逃げたい人が多いんだろう。 気持ちは分かる。

時間になって、石井さんとやってきた男性陣は四人。
女子も五人全員がそろった。 石井さんの同期の先輩たちは見知った顔ばかりだ。
まずはビールで乾杯して、和やかに場が始まった。
ガツガツしてないこの雰囲気、悪くない。

「佐々木さんは、石井と同じ部署?」
「そうなんです」
「へー。 君んとこの会社、かわいい子多いね。 なんか気後れしちゃうなー」
「今日来てる皆さんはうちの綺麗どころばかりですから。 私は違いますけど」
「またまたー謙遜して」

小野と名乗った斜め向かいの男の人が、明るく笑った。
彼は確か銀行勤めだ。 悪くないけど、ちょっと軽そう。
冷静にジャッジしながら、私は小野さんににこやかに話しかける。

「皆さん、石井さんのお友達ですよね。 仲よさそうですけど、よく集まるんですか?」
「そうだなー、二、三ヶ月に一回くらいは飲むかもな。 でも、こいつは半年ぶりだ」

そういって、小野さんは隣の男の人を指した。

「そういえば、お前今、どこの高校に勤めてんだっけ」
「ん。 ・・・都立光陵高校」

小野さんの隣から返ってきた低い声は、耳に心地良く響いた。
私の正面に座る男の人が初めて喋ったんだと気づく。 自分からあまり話さない人なのかもしれない。
それか────何となく、上の空な感じにも見えた。

「学校の先生なんですか?」

この人の名前って、佐倉さん、だっけ。
私が話に加わると、彼は思いのほか柔らかく笑って 「そうです」 と答えた。



二次会は別の居酒屋へ。
男性陣ではムードメーカーだという小野さんが盛り上げてくれて、すごく楽しかった。
その帰り際、全員のメアドを交換してまっすぐ帰宅。
・・・お持ち帰りなんてありえない。 軽く見られるだけで、ろくな結果にならない。

ポインテッドトウのヒールを脱いで、ベッドに倒れこむ。
ほどよくお酒がまわって気持ちいい。
ふわふわした思考の中で、佐倉さんの面影がほわりと浮かび上がる。
あまり話さなかったけど、公務員ってとこはポイント高い。
誠実そうな雰囲気も合格点よね。 ちょっときつそうなところが難だけど、意外と見た目だけで、中身はそうでもないかもしれない。

・・・決めた。

ベッドから勢いをつけて立ち上がる。
バスルームのシンクの前に立って、鏡の中の自分ににっこり笑う。 ようやく、今まで磨いてきた外見と愛想で勝負する時が来たんだわ!
小瓶のノズルを押して、化粧落しを数滴、てのひらに落とす。 顔全体に広げると、マスカラやファンデがゆっくり剥がれていく。 この薄い素顔を見せてもいい距離まで、私、命賭ける。
まずは、お誘いメールの文面を練らなくちゃね。



* * *



────意外なことに、佐倉さんはデートの誘いにすんなりと乗ってきた。
一度目は映画を見てご飯。 果てしなく無難だけど、一度目のデートの内容としては悪くなかった。
二回目は、佐倉さんの車でドライブ。
これまた悪くない。
車内でかかってる音楽も気が利いてたし。
三度目は、どこかのカフェでのんびりしましょうという話になった。
これもね、いい選択だと思う。 私が探してる相手は、似たレベルの経済観念の持ち主。
自分の身の程を知っているから、玉の輿は狙わない。
金のある男には女が群がる。 “詰み”までに捨てられる可能性が高い。
夜景の見える高級レストランとかで最初から飛ばされても困る。 私は相手の実態を知りたい。

そうしてやってきた郊外のカフェ。
白いモダンな建物が、すごくいい雰囲気。 周りに植えられた木は、秋らしく色づいていて、柄にもなく乙女な気分になる。

「連れてきてくれて、ありがとうございます」
「いいえ」

エスコートしてくれた佐倉さんは、控えめに笑った。
笑うと案外幼く見える。 だから眼鏡をかけてるのかな。
そう思いながら、店内に足を踏み入れた・・・ところまでは、たぶんいい感じだった、と思う。

「いらっしゃいま・・・あ」

店の奥から顔を出した女の子は、私たちを見たとたん青ざめた。
同時に、隣の佐倉さんもピシリと凍りつく。
・・・冬のシベリアかっていうほど冷たい沈黙が数瞬────思わず私の足が一歩後退した。
その時、男性にしては細い喉から低い声が絞り出された。

「市谷、お前は・・・佐々木さん、ちょっとすみません」

一言断りを入れると、佐倉さんは女の子の方へ大またで歩み寄った。
どうやら、彼女は佐倉さんの学校の生徒みたい。
こそこそと話してるけど、丸聞こえよ。 私、結構耳が良いの。

「や、センセイ、ちょっと待って! これには事情が・・・」
「うちの学校、バイト禁止だろ」
「・・・いや、そうなんだけど・・・」
「あ、莉世ちゃんの先生ですか?」

おかしな雰囲気に気づいて割って入ったのは、大学生風の男の子だった。 彼も店員さんらしい。

「この店、彼女のおばさんに当たる人がオーナーなんです。
 莉世ちゃんには、無理言って手伝ってもらってて。 家業手伝いみたいなものだし、学校には秘密にしててもらえませんか」

その男の子は、立石に水といった感じですらすらと説明する。

「莉世ちゃん、推薦が決まってるんですよね。 受験勉強は必要ないから、空いた時間で少しでもご両親の負担を減らしたいと彼女は思ってるんですよ。 いやー、偉いですよね!」

・・・うちの営業に勧誘したいと感心しちゃうほど、淀みのないトークで佐倉さんを説得する。

「本当なのか」
「・・・・・・うん、そうそうそう、そうなんだよね! 私、できるだけ自立したくて」

佐倉さんが女の子に向き直った時、その後ろで男の子が軽く目配せをした。
それを見て、女の子はコクコクと首を縦にふる。

「分かった。 ・・・学校には、黙っててやる」
「ありがとう、センセイ!」

ため息と一緒に吐き出された佐倉さんの言葉に、女の子は安堵した様子だった。
それから、おそるおそるといった感じで口を開く。

「・・・・・・ところでセンセイ・・・あちらはセンセイの彼女さん?」
「お前に関係ない」

ぴしゃりと、冷たく響く声。 かわいらしい顔が、一瞬、悲しげに歪んだ。
佐倉さんは彼女を一瞥すると、ポーカーフェイスのまま私の方へ戻ってきた。

「すみませんが、場所を変えてもいいでしょうか。 少し、ここは落ち着かないので」
「構いませんよ」

大人の余裕で私は答える。
私たちの後ろで、落ち込んだ様子の女の子を男の子がフォローしてるみたいだった。
それをちらりと見やって、佐倉さんは店のドアを押し開ける。
その横顔は、超絶に不機嫌だった。



* * *



────その一ヵ月後、前回の合コンとはまた別の、大人の隠れ家的居酒屋にて。

「いい飲みっぷりだね、佐々木さん」
「ぷっはー、飲まなきゃやってられませんよ!」

ジョッキの底がゴン! とテーブルにぶつかる。

「・・・これが、ことの顛末なんですよう。 ひどいと思いませんか、石井さん!」
「わーかった。 あいつにはよく言って聞かせとく。 佐々木さん、もう一杯いく?」
「もちろんです! こうなったらヤケ酒よ! この店のビールサーバー空にしてやるわ!」
「そうそう、営業部の花はそんくらい元気でなくちゃね」

石井さんがほわりと笑った。 ・・・その笑顔がまぶしい。

一月前の佐倉さんとのデート。 あのカフェを出た後の気まずさと言ったら。
隠そうとしても漏れ出る佐倉さんの苛立ちは、仲間内じゃ沈着さに定評がある私でも、引いてしまうくらいにすごかった。
しかし、彼は優良物件だ。
その後も、めげずに何度か彼をデートに誘ったけれど・・・すべてやんわりとお断りされてしまった。

・・・・・・底辺まで沈むよね。 命賭けるって誓ったし。

そんな落ち込んでる私を、合コン主催者で責任を感じたらしい石井さんが、飲みに誘ってくれたのね。
ありがたや。 いや、元はといえば石井さんのせいか。 ・・・待て待て私。
枝豆をつつきながら、思考をまとめようとして失敗する。 混乱した脳裏に、ふと女の子と相対した佐倉さんの顔がよぎった。

「・・・そういえば、あの二人なーんか怪しかったんですよね」
「あの二人?」
「例の女子高生と佐倉さんですよう! 佐倉さん、ロリコンだったんだわ! 通報してやる!」
「落ち着いて。 ね、佐々木さん」

大量の酒のおかげで、今まで被ってた猫はどこへやら。
いつもと違う大荒れな私を見ても、いつも通りニコニコしている石井さんはとても懐が深い。
それに彼は聞き上手だ。 洗いざらい話してしまったじゃない。

「それにしても、佐々木さんは佐倉のことが好きだったんだね」
「・・・そんなわけないじゃないですか。 まだ何回かしか会ってないのに。 それに、私は打算で男の人を選ぶんです! 自分の将来を視野に入れた上で、ほどほどの経済的安定を求めてるんです!」
「佐々木さんがそう言うなら、そういうことにしておくね。 あ、すいませーん、注文いいですか?」

石井さんは、聞き上手なうえに見ないふりも上手だ。
さりげなく店員さんを呼び止めて注文する。 その間、私は滲んだ涙を乾かした。



会ったのは、たった四回。
いつの間に、こんなに惹かれてたんだろう。 自分でも不思議に思う。
しいて言うなら、最初の合コンで見た笑顔が印象的だった、のかも。
そしていつの間にか、耳に心地いい低めの声を聞いてると、たまらない気持ちになったのよね。
・・・私もまだまだ甘い。 もっと冷徹でいなくちゃだめね。 しっかり相手を見極めなきゃ。
自分の幸せがかかってるんだから。

「佐々木さん、ビール来たよ」
「ありがとうございます、じゃあ乾杯ー!」

ぐっと冷えたビールを飲み干す。 少し苦い、大人の味だ。
昔は嫌いだった。 でも我慢して飲んでるうちにいつの間にか喉に馴染んでいった。

「今夜は飲み倒しますよう!」

空のジョッキを掲げて宣言した私に、「佐々木さんって面白いねー」 と石井さんが笑う。
その目がキラリと光ったけど、完全に酔っ払ってたお馬鹿な私はまるで気づいちゃいなかった。 そう・・・上には上がいるってことにも、ね。

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