Love Like Vanilla Beans 7

猫かぶり紳士の復讐

Status
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名前 : 石井真義  年齢 : 25歳
恋愛レベル : 32  称号 : 猫かぶり紳士
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「・・・さて」

話が途切れたタイミングを見計らって、僕はおもむろに口を開いた。
ほろ酔いの佐倉は、自分の状況にまだ気づいちゃいない。 「なんだ?」 という表情でのん気に焼酎をすすってる。
・・・ほんっと鈍すぎだよ、君。
ある意味、素直でいいやつなんだけどね。 でも、いいかげん罠にかかったことを自覚してもらおうかな。

「ねぇ佐倉。 そろそろ泉ちゃんを振った理由を話してくれるかな?」

次の瞬間、彼は 「はめられた」 という表情を浮かべて固まった。 僕は笑いをかみ殺す。
人の愕然とした顔を見るのってすごく楽しい。 してやったりって気分だ。
そんな、内心はご機嫌、外側は真面目くさった僕に彼は低く聞き返した。

「・・・佐々木さんのことか、石井」
「そうだよ、もちろん。 他に誰がいるんだ?」
「・・・」

佐倉の威圧的な視線に、僕は平然と笑ってみせた。
痛くも痒くもないんだ、これくらい。 彼とは大学以来の長い付き合いなんだから。



* * *



お節も正月番組もすっかり飽きた、年が明けて二日目の夜。
大学の頃にいきつけだった居酒屋に僕は佐倉を呼びだした。
佐倉には、大学の友人を集めようとしたけど誰もつかまらなかった、とかなんとか言っておいた。
でも、それは嘘。 二人で腹を割って話すための方便である。

佐倉とは、大学のバスケ同好会で一緒だった。
今でもその同期とは仲良くて、しょっちゅう集まる。 中でも、一番馬が合うのはなぜかこいつだ。
ツンツンしてる割に根は素直な佐倉と、猫かぶってるけど底意地が悪いと評判の僕は、どっちかっていうと正反対なんだけどね。
ま、かれこれ数年来の付き合いになるわけだ。

そんな、根が素直な佐倉は、やっぱり素直に待ち合わせた店の前にやってきた。 ちなみに、この店は年中無休だ。
彼は少々警戒していた様子だったけど、僕が屈託のない笑顔を見せたら、安堵したようだ。
甘い。 佐倉は、何度僕にしてやられたかを今すぐ数えてみた方がいいと思う。

お正月のしめ縄と門松が飾られた入口の引戸を開け、息が白くなるほど寒い外から暖かい店の中に入る。 店の親父の 「らっしゃい!」 と言う声に迎えられ、僕たちはカウンターの隅に陣取った。
いつも混んでいるこの店も、さすがに今日は人が少ない。 年季の入った店内は、空いたテーブルが目立ってる。
ダウンを脱ぎ椅子の背にかけて、そういえば私服で佐倉と飲むのは一年ぶりだと気づく。
ネクタイとスーツを着て酒を酌み交わすなんて、思えば僕たちも大人になったもんだ。

「店長、生二つ」
「あいよっ!」

五分刈りにねじり鉢巻、無精ひげがトレードマークの店長は、いつもと変わらぬ威勢の良さで応えた。
ほどなくやってきたジョッキには、琥珀色のビールがなみなみと注がれている。
「明けましておめでとう」 と乾杯して、ビールを空けた佐倉に、すかさず僕は濃い焼酎のグラスを用意する。 一方、自分用には、ほぼ水のグラス。
雑談しながら、僕は佐倉にペース早めにグラスをまわした。

それから約一時間。 ────見事に酔っ払いの完成である。 そして話は冒頭へ戻る。



* * *



僕の質問からたっぷり数秒の沈黙。 彼はようやく重い口を開いた。

「・・・・・・それを聞き出すために呼び出したのか」
「ご名答。 今日は最初から僕と君の二人なの。 さあ、腹割って話そうじゃないか」
「お前に話すことなんてない」
「あれ。 そんなこと言うなら、佐倉の恥ずかしい過去を君の教え子たちにバラしてもいいんだけど」
「・・・何を聞きたいって?」

本当にやりかねないと思ったのか、佐倉の態度がほんの少し軟化する。
よしよし、素直な子は大好きだぞ。

「だから、うちの営業部の花、佐々木泉ちゃんを弄んで捨てた理由だよ」
「弄んでない」
「泉ちゃんの意見はそうじゃないみたいだけど?」
「・・・・・・正直、彼女とは何か違うと感じた。 この年で付き合うとなると、結婚とか見えてくるだろう。
 このままずるずる付き合うのは良くない、と思ったんだ」
「だからフェイドアウトを狙ったんだ? でも、期待させといて卑怯だと思わない?」
「・・・佐々木さんには申し訳ないことをしたと思っている」

傲岸不遜を地でいく彼が、やけに殊勝だ。 さすがにこの件に関しては非を認めるらしい。
・・・・・・まあ、彼の言い分は、男同士、理解できないわけじゃない。
結婚相手としての自分の価値を値踏みされるのって、何となく察してしまうもんだ。 男だって馬鹿じゃないし。 そして、それに気づいた途端、冷めてしまうやつも多い。
泉ちゃんは、そういう気配がすごくしてた。

────でも今回の場合、こいつには他に理由があるんじゃないかと僕の勘が告げていた。
そもそも、佐倉は普段、合コンには顔を出さないんだ。
それが急に 「次回は自分も参加させてくれ」 と言ってきたんだよ?
で、女の子といい感じになったのに、掌を返したように突然冷たくするなんて。
明らかにいつもと違う佐倉の行動は、彼の言い分じゃつじつまが合わない。

(さぁ、ここからどう揺さぶっていこうか)

────そんな風に僕が思案してる間に、佐倉はある事実に行き当たったようだった。

「・・・・・・ちょっと待て石井。 『泉ちゃん』 っておかしくないか?
 前の合コンでは、お前、彼女を 『佐々木さん』 って呼んでただろ」

お、鋭い。 頭は悪くないんだ、こいつは。
僕はにっこり笑って応える。

「気づいた? 今、僕と彼女は付き合ってんの。 だから今日は彼女の敵討ちってとこ。
 そうそう佐倉。 泉ちゃんとやった?」
「やってない!」

佐倉は即座に否定する。
その顔に、酔いとは別の赤味がサッとさした。

「そっかそっか、良かったー」

佐倉と兄弟とかありえないもんねー、と嘯いたら、据わった目で睨まれた。

「いつの間にそんなことになったんだ」
「泉ちゃんがお前に振られて落ちこんでたからね、慰めてあげたんだよ。
 ほら、僕は合コンの幹事だったっていう責任があるから。
 ・・・もしかして、今更、彼女が惜しくなった?」

意地悪くにやりと笑うと、皮肉で応酬される。

「・・・・・・こんな二重人格にひっかかるなんて、佐々木さんも運が悪いと思ったんだ」
「まあ確かに、こっち側の僕を知った時、泉ちゃん、しばらく呆けてたもんね。
 会社で真面目かつ堅実で通ってるからさ、僕は」

僕は肩を竦めた。
一ヶ月くらい前かなぁ・・・傷心でヤケ酒した泉ちゃんをお持ち帰りしたのは。
翌朝の泉ちゃんは、ものすごーく愕然としてた。 真面目そうな僕がそんなことをするなんて、思いもよらなかったんだろうね。
彼女が衝撃から立ち直る前に、僕は猛然と自分を売りこんで、彼氏にするように説得した。
こう見えて、なかなか優秀な営業だからね。 その辺の駆け引きは得意だ。
・・・その時 「君と僕は似てるよね」 って泉ちゃんに言ったらめちゃくちゃ嫌な顔をされた。 でも、僕らはお似合いだと思うんだけど、どうかな。

「石井が飼ってるデカくてしぶとい猫のことは、うんざりするほど知ってるぞ。 大学の頃から外ヅラだけは良かったもんな」

グラスをくるくると回しながら、佐倉が再び皮肉を言う。 まだ精神的余裕があるようだ。
・・・そんなら、もーちょい揺さぶりかけてみようか。

「だとしても、僕はフラフラしてるお前と違う。 彼女をずっと大切にしていくつもりだよ」

佐倉は少し傷ついた顔をした。 でも、まだまだ。

「そういえば、泉ちゃんが、最後のデートで女の子と揉めてたって言ってたけど。
 そこから態度が急に変わったって」

僕は、水面に石を投じる。
すると、さざ波が広がるように、見る見る佐倉の機嫌が急降下した。
苛立たしげに煙草に火をつけ、煙とともに言葉を吐き出す。

「あれは、関係ない」
「本当に?」
「本当だ。 確かにあいつは生徒だが・・・守秘義務があるから、詳しくは話せない。
 しかし、どちらにしろあれは偶然であって、佐々木さんのこととは無関係だ」

・・・ふーん。 本当の、本当に?

「すごくかわいい子だったらしいじゃん」
「あいつは、かわいくない。 鼻かむ時フゴフゴ言うわ、笑い声は売り出し中の芸人並みに品がないわ」

言い終わると佐倉は煙草を持ってないほうの手で勢いよく焼酎をあおった。

「・・・面白そうな子だね、ちょっと会ってみたいな」
「やめとけ。 というか、俺の生徒には絶対会ってくれるな」
「いいじゃん。 ちょっとだけ」
「駄目に決まってるだろう」
「怪しいなあ」
「何が?」
「ムキになってる」
「なってない!」

明らかにムキになってるじゃん。 ますます調子に乗った僕は、悪魔のような笑顔を浮かべた。

「例えばさぁ。 僕のかわいい泉ちゃんが負った傷を、その子に負わせてみたら面白いかもね。
 つまり、僕が遊んで捨てる」
「・・・やめろ」

その瞬間、佐倉は僕の胸倉を掴んだ。

「冗談だよ」
「二度と、そんなことを言うな」

両手を上げて降参のジェスチャーを示すと、佐倉はブリザード並に冷たい一瞥をよこした後に手を離す。
さすがに今のは、本気の殺意が混じってた。 背中がひやりとするほどの。

・・・・・・この男は考えたことがあるんだろうか。 何とも思ってない相手に、そこまで本気になれる奴はそういない。
それに、君は分かりやすいんだ、佐倉。 興味がある相手とない相手の境をうまくごまかしてるつもりかもしれないが、僕にはバレバレなんだよ。

さて、そろそろ仕上げの頃合だ。
どこまでも不機嫌な彼に、僕は軽口めいた口調で告げる。

「あのさ。 おせっかいかもしれないけど、君は自分で気づいてないみたいだから教えてあげる」
「・・・・・何をだ」
「僕は、最近の君のおかしな行動を、こう推測してる。
 君は、ある生徒が気になって仕方なくて、それに戸惑ってるんだ。 それを自覚しそうになって、慌てて他の女性に目を向けようとしたんじゃないか、とね」
「・・・・・・」
「で、その子なんじゃない? 気になってるの」
「・・・・・・石井の言ってることは、でたらめだ」
「ほんとに? 胸に手を当てて、よく考えてごらんよ」

僕は、佐倉の顔に様々な感情が去来するのを、興味深く見守る。
やがて、カウンターにめりこむように俯いた彼は 「あんな奴に・・・まさか俺が・・・」 とぶつぶつ呟きはじめた。

「・・・素直に認めろよ。 往生際が悪いぞ」
「俺は真っ当な人間なんだ」
「しっかりしろ酔っ払い。 現実を見てこそ対処のしようがあるってもんだろ。
 あのね、お前なんて女子高生から見たらオッサンじゃんか。
 相手にされるわけないんだし、さっさと目を覚ませばいいだけの話だ」
「・・・相手にされてないことはない」
「え」

ポロリと零れた言葉。 僕はまじまじと相手を見つめた。
佐倉は自分の失言に気づいたのか、「今のは忘れてくれ」 と言ったきり視線を合わさない。
ふーん。 そういうことなの。 ふーんふーん。
僕がニヤニヤ笑いを浮かべると、佐倉は 「ふん」 とそっぽを向いて煙草をふかす。

「・・・そういや、泉ちゃんから伝言があるんだけど。 『このロリコン』 だって」
「・・・・・・」
「否定しないの」
「うるさい」

仏頂面で佐倉は唸る。

「やーっと認めたんだ? で、彼女もお前が気になってるんだ。 隅に置けないなー」
「・・・・・・」
「さぁて。 僕にとってはここからが本題なんだけど。
 ロリコンの佐倉には、今日のお代を持っていただきましょうかねー。
 で、僕は泉ちゃんに浮いたお金でおいしいものを食べさせてあげる、と。 いい循環じゃない?」
「・・・お前に奢るのは癪だが、少しでも佐々木さんに償えるなら、異存はない」

佐倉は、苦い顔で同意した。

「じゃ、遠慮なく。 店長、ゆで蟹の盛り合わせ一つね! まぐろ刺身もちょーだい」
「あいよっ」

僕がご機嫌で店長に注文する横で、隣の眼鏡はさりげなく財布の中身を確認している。
ざまみろ。 泉ちゃんを傷つけた罪は重いんだぜ。
でもまあ、僕らの腐れ縁に免じてこの程度で許してやることにする。

例の女子高生と彼がどうなるのかは未知数だけど、何はともあれ、我が友人には幸せになってもらいたいと、これでも願ってるんだよ。 僕は猫かぶりで意地悪だけど、それなりに友情に厚いのさ。

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