Love Like Vanilla Beans 9

暴走ファッショニスタの愛情

Status
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名前 : 市谷惣一郎  年齢 : 35歳
恋愛レベル : 72  称号 : 暴走ファッショニスタ
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エイプリルフールの冗談か、悪夢としか思えなかった。
その光景を見た時、僕はあやうく食べかけの柿ピーをそいつに投げつけそうになった。

娘を一人日本に残し、僕は長らく海外住まいだった。
ひさびさの長期帰国で彼女との時間をたっぷり過ごそうと、滞在先のホテルにはほとんど戻らず、彼女の1DKのキッチンに寝泊りする生活。 それはそれで十分に幸せだった。
今日も仕事をさくっと済ませ、莉世の部屋でテレビを見ながら、これまたひさびさの柿ピーをビールの肴につまんでいた。
そんな、親子水入らずの空間に闖入してきた陰険眼鏡。
あろうことか、その男は莉世としっかりくっきり手を繋いでいるじゃあないか! しかも恋人繋ぎだ! あの、指と指を絡めるやつ!
これが許せる父親がいると思うか? いや、いるはずがない!
もちろん僕もご他聞に漏れず、ぎりっと歯軋りしつつ殺意を込めて彼を睨んだ。
・・・すると男は挑発するような笑みを浮かべるじゃないかっ!
額にピキピキと青筋が浮かばせながら無言で莉世に視線を移すと、彼女は手を繋いだ所から蕩けそうな勢いで、えへらえへらしている。 目の焦点も合ってない。
・・・ま、そんないっちゃってる顔してても可愛いんだけどさっ! うちのリトル・ガールは! いや、それよりっ!

「お前、何をしに来た」

素早く歩み寄った僕は、寄り添う二人の間に強引に割って入った。

「・・・ああっ! お父さんひどっ!」
「莉世はちょっと黙ってなさい」

握った手をぶちんと引き剥がされ、我に返った莉世に背中をポカポカと殴られる。 結構痛い。
一方平然としている男は、慇懃無礼に礼をしてみせた。

「これは、父上殿の前で失礼を。 久しぶりに彼女に会ったので思わず手を取ってしまいました」
「お前に父上とか呼ばれる筋合いはない!」

この男、わざと言ってるな・・・! 僕の額の青筋は、少なくとも二本は増えただろう。

「いきなり人の家に上がりこむなんて図々しいにもほどがある。 とっとと帰れ!」

そう吐き捨てると、「話くらい聞いてあげてよっ」 と莉世が更に激しく背中を叩く。

「いたたっ! やめなさい莉世! これは全部お前のためだぞ。 その曇ってる目を覚ますんだ!
 こんなやつの側にいたら、陰険がうつるんだぞ!」
「小学生かっ!」

軽い親子漫才を無視し、やつはいたって冷静に、用件を告げた。

「・・・今日は、お嬢さんとの交際をどうしても貴方に認めていただきたく、お伺いしました。 ───ああ、こちらは菓子折りです。 つまらないものですがお納めください」
「そんなもので懐柔されると思・・・・・・」
「あっダロワイヨのマカロンだーーー! センセイありがとうっ! これ一度食べてみたかったんだ!」
「ちょっ、待て莉世!」

僕の横を素早くすり抜けた娘は、ウキウキと菓子を受け取る。

「あ、じゃあお茶いれよっか! センセイ、あっちのソファで座ってて! お父さんは座布団ね!」
「・・・・・・」
「センセイはコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒーで」
「コーヒーね! うっわー新婚さんみたいっ」

WHAT!!!?? 新婚さんだと!?
スキップしながらキッチンに向かう莉世の背中を、僕は呆然と見送った。



なし崩しでうちに上がりこんだ男は、いつの間にかソファに腰を落ち着けていた。 渋々、僕は薄い座布団の上にちんまり座る。 何だこの扱いの差は。
不機嫌さを前面に押し出し、ローテーブルに肘をついて天井の隅を睨んでいると、男が僕の方をチラッと見た。
彼は僕の胸元を見るなりすっと視線を逸らす。 その理由に気づいて、僕はますます不機嫌になった。
今日のコーディネートは、僕自らデザインした深緑のシースルーシャツと黒の皮パンツである。
もちろん、シースルーシャツは潔く一枚で着用している。 男が乳首見せて何が悪い。 美の創造は、既成概念の破壊から始まるのさ! 例え、ゲイに間違われ、ケツを触られたとしても!

莉世がキッチンにいる間、男二人が佇むリビングは、刺々しい沈黙が漂っていた。
僕はしばらく相手の出方を窺っていたけれど、相手は一向に口火を切る様子がない。
次第に居たたまれなくなってくる。 ・・・僕は、無言の間が大嫌いだ。
陽気なアメリカ人に囲まれた海外生活が長いから、すっかり沈黙に耐えられない体質になっていたのだ!
自己紹介くらいしろよお前!

「・・・・・・で、どこの誰なんだ一体」

痺れを切らせて、僕は低く男に問う。

「ああ、名乗りもせず失礼いたしました。 僕は佐倉直史と申します。 お嬢さんが通っていた高校の数学教師をしています」
「・・・教師の分際で、娘をたぶらかしたのかっ」
「それについては、申し開きのしようもありません。 ですが、話を聞いてください」
「答えはノーだっ。 さっさと帰れこのロリコン!」
「待ってよ! 頭ごなしにさっきからひどいよ!」

そこで、三人分のコーヒーと菓子の皿を乗せたトレーと共に、莉世が戻ってきた。

「お父さんはいつだって 『愛に身分や年齢なんて関係ない』 って言ってたでしょ! あれは嘘だったの?」
「いや・・・それはだな・・・」

その悲しげな視線に、思わず狼狽する。
確かに、僕はいつも家族に常日頃からそう言い聞かせていた。
しかし自分の言葉で自分の首を絞めるとは、今までこれっぽっちも想像してなかったぞ!

「お父さん、いっつも言ってたじゃん。
 ライバル会社に勤めてたお母さんと結婚しようとした時、周りは大反対だったけど、愛を貫いたんだって。 それで今、すごく幸せだって」
「・・・・・・そ、それは」
「あ、センセイ。 コーヒーこっちね」
「ありがとう」

男に手渡されたそのマグカップを見て、「それ僕の」 と言おうとしたがやめた。
唯我独尊を地でいく僕だって、この空気は読める。 そう、父親の威厳が求められているのだ!

「・・・話とやらを聞こうか。 ただし! 聞くだけだぞ!」
「ありがとうございます、父上殿」
「だから父上とか呼ぶなぁっ!!」

嫌だこんな息子! 想像するだけで毛穴という毛穴が開くわ!
腕をさする僕に、男は生真面目な表情を取り繕う。

「僕たちは生徒と教師として出会いました。 しかし、僕はお嬢さんを一人の女性として真剣に愛しています」

・・・トレーを胸に抱えた莉世は、男の横顔にうっとり見とれている。 ムカつくぞ。

「お嬢さんが僕に愛想を尽かさぬ限り、この先ずっと彼女を大切にしたいと考えています。
 それに、彼女も僕を必要としてくれている」
「あっやばい鼻血が・・・」
「・・・・・・こんな娘だが、本当にいいのか?」
「・・・・・・もちろんです」

微妙な間があって、男は首肯した。

「・・・・・・やっぱだめだ!」
「お父さんっ、そこは 『分かった、娘を頼む』 でしょーーー!?」
「だめっつったらだめっ。 莉世は誰にもやらない!」
「何でよ! ケチ! 馬鹿! 嘘つき! ハゲ!」
「ハゲてない!」
「他は認めるんだ!? へえええ」
「・・・・・・すごく、仲いいんですね」
「「どこがっ!」」

同時に振り返った僕と莉世は、見事にハモった。



その後の娘と男は、まるで鞭と飴だった。
絶妙のコンビネーションで僕を揺さぶる。 それでも頑なに首を縦に振らなかったため、とうとう莉世の瞳に涙がぶわっと浮かんだ。

「お、とうさん、の馬鹿ぁ・・・うっ」
「ちょーーーーっ、待った! 分かった! だからドントクライベイビー!」

僕は娘の涙に弱い。 妻には 「娘を甘やかすな」 と散々言われているが、僕は根っからのジェントルマンなのだ! だから、女性の涙に脆い。 莉世だって、守るべき家族であり、女の子だ。

「・・・・・・条件がある」

苦い顔で声を搾り出した僕を、莉世は瞬きしながら見つめ返した。

「・・・僕は、ファッションデザイナーだ。 仕事では常にプロフェッショナルな仕事をしてきたし、それで成功してきた」

陰険眼鏡は黙って頷く。
あまり驚かない様子を見ると、既に知っていたのかもしれない。
まあ、ネットで検索すればすぐに分かることだろう。 僕はファッション業界では結構名前が売れている。
しかし、そんなセンス抜群の僕がプレゼントした服を、莉世がほとんど着てくれないのはなぜだろう? 世界の七不思議に匹敵する謎だ!

「陰険眼鏡よ。 口だけなら何とでも言えるぞ。 だが、本当に莉世を任せるに足る人間なのか、君は?」

娘を掻っ攫わんとする忌々しい男に低く告げる。
莉世とは血の繋がらない家族だが、僕は父親として彼女を誰よりも愛してきた男だ。
そう、彼女を変な虫から守る義務がある!

「僕が知りたいのはそこだ。
 だから、お前が数学教師としてどれほどのものなのか試させてもらう。
 僕は寛大だ。 お前のフィールドである数学から問題を出して、それに全問正解したら認めてやる」

視線が交差し、一瞬激しい火花が散った。

「承知しました」

男は、頷いた。

「望むところです」
「ああっセンセイ、かっこいいっ」

・・・。 莉世の黄色い声援に動揺しながらも、僕は内心男を嘲笑ったのだった。



そして十日後の週末。
とあるビルの会議室をレンタルし、そこで僕たちは再び顔を合わせた。
もう一人、僕の助手として後ろに控えているのは、現役理系大学生の甥だ。
ちなみに、彼と莉世は、彼の母親 (つまり僕の姉) が経営するカフェでバイトをしている。
前回同様、面白みのないスーツをきっちり着こんで現れた陰険眼鏡は、少々憔悴してはいるが不遜な表情を崩さない。
冷静に見れば、嫌味っぽいが端正な顔と立ち姿の男だ。 ・・・ムカつく。
そんな男を莉世は心配そうに見つめていた。 しかし、彼女は声をかけたりしない。 公正を期すために、今日、莉世は男と一切会話しないルールであった。
僕と男は、用意してもらったホワイトボードの端と端に立ち、向かい合った。

「問題は二十問。 制限時間は六十分だ。 そして、君は僕以外の人間と言葉を交わしてはならない。
 異存はないな」
「もちろんです」

予め伝えていたルールを確認すると、男は頷いた。

「では始める」
「ええ」
「一問目! 5□4□3□2□1□0の□に、+、−、×、÷、=を一つずつ入れて、式が成り立つようにせよ!」
「・・・造作もない」

三秒とかからず、男は正解を導き出す。 → センセイの解答

「正解です」
「ふんっ、こんなのは小手調べだっ! 小学生でも解ける問題に躓いたら笑ってやろうと思ってたのさ!」

甥の耳打ちに、僕は余裕の笑みを浮かべる。

「二問目! 一つがいの兎は、産まれて二か月後から毎月一つがいずつの兎を産む。 一つがいの兎は1年の間に何つがいの兎になるか?」
「・・・フィボナッチ数列か。 答えは、233だ」
「こちらも正解です」
「三問目! 正方形を六つに分割して、同じ面積の正方形を三つ作れ!」
「容易い」

瞬く間にボードに正解の図が描かれていく。 → センセイの解答

「・・・今まではサービス問題だ。 早々に決着がついたらつまらんからな! 次!」

用意した問題は、徐々に難易度を増してゆく。
数列、確立、三角関数、微分積分。 難関大学レベルの問題が続く。 しかし、男はホワイトボード上に迷いなく解答を導き出す。
流水のように滑らかな所作と、無駄のない数式。
美を至上とする僕ですら、思わず見とれてしまうほどだった。

そしてついに、彼は全問正解で最後の問題に辿り着いた。

(・・・しかし、ここでフィニッシュだ!)

最後の問題は、コネを使って某有名大学の数学科教授に作成を依頼したものだ。
自慢じゃないが、自分には正直ちんぷんかんぷんだ!
ちなみに、この問題に添えられた教授のメッセージはこうだった。
即ち 「たゆまぬ思考と、一瞬の閃きがあれば解けるだろう」。
更に、どんなに数学的センスに優れた人間でも、解答に辿り着くまでには少なくとも十数分はかかるだろうと彼は予測していた。
・・・さりげなく、手元のデジタル時計を確認する。

────終了まで、あと十二分。

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