月と友だち

月がきれいな晩でした。




木々の隙間から、月光が差し込む森の中、
一人の少年が途方に暮れておりました。

母親に頼まれた山菜採りに夢中になっているうちに、
すっかり日が暮れてしまったのです。

夜の森は、ざわざわと不気味な音を立てています。
「フォッフォローーー」 頭の上ではふくろうが鳴きました。




「夜の山で下手に動くと危ない」
────前に父親が言っていた言葉です。
それを思い出した少年は、ちょうど見つけた大きな岩のそばで夜を明かすことにしました。

ふと、耳を澄ませると小さな水音がします。
どうやら、せせらぎが近くにあるようです。
喉が渇いていた少年は、荷物と竹かごを岩の上に置いて、音のする方へ歩き出しました。

水の音と月の光をたよりに進むと、やがて、
月明かりの粒を散りばめた水面が見えてきました。
そのほとりに屈み、手にした竹筒で冷たい水をざぶりと汲みます。
ついでに両手で水をすくい、顔を洗えば気分もすっきりしました。

来た道を引き返し、目印の岩を目にして少年はほっと息をつきました。
けれど、よく見ると様子が変です。
岩場の周りを、茶色のふわふわした何かが飛び跳ねています。
(何だろう・・・)

目をこらすと、それはかわいらしいうさぎの親子でした。
うさぎは鼻をひくひくさせて、少年の方を向きました。

「こんばんは。 このかごの草は、あなたのですか」
少年は頷きます。
「食べていいですか」
「だめ!」
少年は慌ててかごにかけよります。
「子どもがお腹をすかせているのです」
悲しそうに親うさぎは言いました。
「子どもなので、まだ、固い葉っぱや茎をかじることができないのです」
「それならこれをあげる」
少年は、荷物の中にとっておいた、最後のにぎり飯を差し出しました。

「いいんですか」
親うさぎは黒い目をきらきらさせて言いました。
少年は頷きました。
お腹は空いていたけれど、うさぎたちのつぶらな瞳には勝てません。
にぎり飯をそっと地面におくと、子うさぎたちは少しずつ近寄ってきました。
ふんふん匂いをかいだ後、小さな口で、かぷり、とそれにかぶりつきました。

子うさぎたちは、にぎり飯の最後の一粒まできれいにたいらげました。
その様子を、少年と親うさぎは黙って見守っておりました。

少しして、親うさぎは言いました。
「道に迷ったのですか」
「うん。 山菜を採ってたら、いつの間にか夜になってた」
「なるほど。 では朝になったら村まで案内してさしあげましょう」
それは、願ってもないことでした。
少年はありがたくその申し出を受けることにしました。

お腹がいっぱいになった子うさぎたちは、いつの間にやら丸くなってすやすやと寝息を立てています。
少年も一眠りしようと草の上に横になりました。
すると、親うさぎが懐にそっと潜りこんできました。
ふかふかとした感触にさっきまでの心細さは消え、彼はやさしい眠りに落ちていきました。




明くる朝。




少年が目を覚ますと、いつの間にやら子うさぎたちも寄り添って眠っておりました。
どおりで、しんしん冷える森の夜でも寒くなかったわけです。
かわいいあくびをしながら、うさぎたちも目を覚ましました。

「どうぞこちらへ」
ぴょんぴょんと跳ねる彼らを追って、少年はけもの道を辿ります。
森が途切れ、うっそうと生い茂る草をかきわけた先に、見慣れた村が見えてきました。
「では、さようなら」
振り向くと、少年がお礼を言う間もなく、うさぎの親子は森の中へと姿を消しました。




家に着くと、少年は父親にこっぴどく叱られ、げんこつまでもらいました。
母親は涙を流して少年を抱きしめました。

村人たちも、彼が無事に帰って来たことを喜びました。
中にはそれを不思議がる者もおりましたが、
深い森の奥で会ったうさぎのことを、少年はだれにも話す気になれませんでした。
どうやって帰って来れたのか聞かれた時は、
適当に歩いているうちに元の場所へもどって来れた、とだけ言いました。




そして、数年の月日が流れました。




しなやかに青年へと成長した少年は、雪が積もる森の中を再びさまよっていました。
村では、子どもや赤ん坊がひどい風邪をこじらせていました。
青年は隣村で薬を分けてもらった帰り、ひどい雪のせいで道を見失ったのです。

凍える冬の森で、今度こそ青年は死を覚悟しました。
ただ、薬を待つ子どもや赤ん坊のことだけが気がかりでした。
歩く気力すら尽きて、冷たい雪の上にへたりこんだ時、

「おや」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにいたのは、すっかり冬毛にかわった真っ白な親うさぎでした。
「いつか、にぎり飯をくださった方ですね」
青年が頷くと、親うさぎは 「やはり」 と言います。
「どうぞ、ついてきてくださいな。 わたしのうちへご案内しましょう」

雪に足を取られながら、青年は親うさぎの後を追います。
あちこち岩の突き出た斜面を、必死に登ってゆきました。
親うさぎがひょいと飛び乗った岩棚に手をかけ、疲れた体をどうにか引き上げると、
そこには洞窟がぽっかりと口を開けておりました。

その入口で、親うさぎがくるくると長い耳を動かしています。
歩み寄ると、ぴょんぴょんと洞窟の奥へと消えました。
腰を屈め、青年も暗闇の中へ入っていきました。




手探りで進むと、やがてほのかな明かりが見えてきました。
石のような何かがあちこちでやわらかく発光し、洞窟の中を照らしています。
そこで、大小のうさぎが寄り添っておりました。

「どうぞ」
親うさぎが奥の方から戻ってきて、青年に餅を差し出しました。
「念じながらこれを投げれば、あなたの望むものになります」
青年は、言われるまま餅を地面に投げつけました。

ぼろんっ と音がして、その餅は三つのにぎり飯になりました。
お腹がすいていた青年は、夢中でそれを食べました。
やがて、青年ははた、と首をかしげました。
こちらを見る羨ましげな目に気づいたのです。

「お腹がすいているの?」
うさぎたちは一様に頷きます。
「さっきの餅で人参を出したりできないの?」
親うさぎは答えました。
「あの餅は、わたしたちが投げてもだめなのです。
 誰かに差し上げることで、願いが叶う餅になるのです」
「じゃあ、ぼくが人参を出してあげる」

青年はたくさんの餅を床に投げました。
思いが強いほど大きな人参に変わるので、一生懸命祈ります。
青年の手で、餅は次々と人参に変えられました。
そして、うさぎたちがお腹いっぱいになった頃。

隅にいる老うさぎが、悲しそうに口を開きました。

「本当の願いは、人参じゃあないんだ」
「本当の願い?」
「わたしたちは、月に行きたいのじゃ」

月へ。
それは途方もない願いに聞こえました。
けれど、青年はしばらく考えてから口を開きました。

「今、ある餅をぜんぶ持ってきて」

山積みにされた餅を、青年はお団子のように一つにまとめました。
それを持って、洞窟の入口へと向かいます。
その後ろを、うさぎたちがぴょこぴょこと跳ねながらついていきます。

雪がちらつく外に出ると、青年は、はあっと白い息を吐き出しました。
そして、大きな餅を地面に投げました。
ぼろんっ!!
ひときわ大きな音がして、辺りは光の洪水に包まれました。
うさぎたちも青年も、思わず目をつぶります。
まぶしさがおさまった後、そこには天にかかる一筋の光が生まれておりました。

いつの間にか雪はやみ、月が顔を覗かせました。
白々と輝く光は、その遥か高みまで続いています。
「これで、月に行ける?」
青年がたずねると、つぶらな黒い目から涙を流し、老うさぎは頷きました。
そして、ありがとう、ありがとう、と何度も繰り返したのでした。




地に差した光の輪の中に、うさぎたちは一匹、また一匹と入っていきます。
最後に老うさぎが入ると、輪は光の粒をきらきら振りまきました。

うさぎたちを乗せた光の道は、静かに遠のいていきます。
「ありがとう」
うさぎたちは一斉に手を振りました。
それを見上げる青年も、力いっぱい振り返します。
「いつか、会いに行くから」
青年は、うさぎたちに向かって叫びました。
「餅をついて待ってる」
うさぎたちも叫び返し、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねました。




光は少しずつ小さくなり、最後にちかちか瞬いてふっと消えました。
彼らが去った夜空を、青年は黒い瞳でじっと見つめておりました。
そして、うさぎたちに教えてもらった村の方角へと歩き出しました。
その足取りはどこか楽しげで、月だけがそれを静かに見守っておりました。




<END>

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