リーゼントな山田君 夏

リーゼントな山田君は、少し天然なのかもしれない。




* * *




日陰にいても、重くてじっとりしたこの空気。
まるで、お湯の中にいるみたい。

空はアホみたいに晴れてて、日射しは容赦なくアスファルトを焦がす。
目を上げれば、向かいの売店の屋根の向こうから、真っ白な入道雲が頭をのぞかせる。
耳に入るのは、じーわじーわ、という蝉の鳴き声。

清く正しい日本の夏です。

夏はキライじゃない。 むしろ寒いのよりも、どっちかっていうと、暑い方が好き。
だけど、今日の暑さには、参ってしまう。
額からすべり落ちる汗をハンカチでぬぐって、顔の前でパタパタする。
はた目から見るとオバサンくさいかもしれないけど、そんなの言ってらんないくらい暑い。

夏休みで、しかも部活が休みなのに、あたしは学校に来ている。
学校前のバス停のベンチで、時間通りに来ないバスを待ってるんだ。
それというのも。
昨日、担任のおじいちゃん先生から、呼び出しの電話が来たからで。
理由は、学期末に配られた進路の紙を提出しなかったこと。

受験とか将来とか、まだまだ先だと思ってたのに、突然目の前に現れた人生の分かれ道。
なーーーんにも考えてなかったあたしは、迷って迷って結局提出しそびれてしまった。




「一応、何か書いて出してもらわないと」

責めるでもなく、しょぼしょぼした眉を寄せる担任。 そんな顔をされると、申し訳なさ倍増です先生。

クーラーの効いた職員室でしばし考えこむ。
でも、何にも思いつかない。
紙に書いては消して、書いては消して。
本気で悩んでいるあたしを見かねた先生は、三日の猶予をくれた。
それで、用紙を持って今日はもう帰ることにした。




そんなわけで。
こんな猛暑の中を駅まで歩く気にもなれず、学校前のバス停でもうすぐ来るはずのバスを待ってる。

そういえば、ミヤポンは何て書いてたんだっけなあ。
教育学部の理科、だったかな、確か。
清香ちゃんは保育士の資格を取りたいって言ってた気がする。
マッキーや佳奈とそういう話をしたことないけど、あの二人は意外としっかりしてるから、きっと、きちんと書いて出してるはず。

考えをめぐらせる。
・・・何だかおいてけぼりをくらったような、不安。
こんなんじゃ、ダメなのは分かってるけど、どうしたらいいかが分からない。

ふと、顔を上げると、校門から団体さまがやって来た。
・・・空手部軍団だ。
頭一つ大きいリーゼントは・・・もちろん彼、山田君。
ヤクザだって怯むんじゃないかと思う鋭い眼光とばっちり目が合って、あわてて軽く会釈する。
あたし、ちょっとした舎弟の気分!

「あれ、木下さん」

と、集団の一人に声をかけられた。
今年、山田君とともに同じクラスになった空手部の伊野君だ。

「今日、部活なかったでしょ。 どしたの?」
「あ、ちょっと担任に呼び出されたの」
「そっかー暑い中大変だぁねー」

男女問わずに気さくな伊野君は、わりと話しやすい。

「じゃあまったねー」
「ばいばい」

笑って軽く手を振り、山田君に視線を戻して凍りつく。
山田君は普段の1.5倍くらいのすごい目つきでこちらを見ていた。
・・・気温が3℃くらい下がった気がする。

「・・・」
「バス待ってんの、木下サン」
「・・・は、はい」

引いていた自転車をベンチの端に立てかけて、彼はどっかとあたしの隣に腰をおろした。

「俺もバスで帰る」
「は? 一緒にマックで昼飯食うって言ったじゃん。 そもそもお前、その自転車どうすんの」
「うるせえ。 さっさと行け」

伊野君は、あたしと山田君を交互に見て、仕方ないなとでも言いたげに笑った。
そして、じゃあ明日な、と先を歩く空手部軍団の方へ走って行った。




じーわじーわ、と蝉が鳴く。
暑いからだけじゃなく、別の汗があたしの額ににじむ。

「・・・木下サン」
「な・・・何でしょうか・・・」

山田君は何かをためらった後、切り出した。

「・・・他の奴とは普通に喋ってんのに、何で俺とは敬語」

────そりゃ、あなたが怖いからです。
なーーーーんて、言えるわけないよ!

でもこれって、あたしの怯えに気づいてないってことなのかな。
・・・だとしたら、かなりの天然だ。

「・・・ちょっと年上ぽいから・・・かな」

厚ーーーーいオブラートに包んでみた。
けど、納得してないみたい。 視線がチクチクと刺さる。

「タメ語でいい」

彼は眉間にシワを刻んで、一つため息をついた。

「今日。 何で呼び出し?」

低い声が、話題を変えた。 あたしは言葉に詰まる。

「話したくないならいいけど」

ちらりとこちらを見て、山田君はつけ加える。
そんなんじゃないけど・・・。

「・・・進路の紙をね、提出してなくて。 何書いたらいいか、わからないんだ」

タメ語で頑張ってみました。

「山田君はなんて書いたんで・・・書いたの?」
「消防士。 大学に行って体育の教職も、取る」

彼はためらいもなく答える。

同じクラスになって知ったけど、山田君はヤンキー全開な見かけによらず、すっごくマジメな人だ。
掃除だってきちんとやるし、日直で黒板を消すのだって丁寧。
そっか、消防士かー。 なんか納得。

「・・・すごいねー」
「親が消防士だからってだけで、別にすごくない」
「でも、そこまではっきりした夢があるなんて、すごいよ。
 それに、大学に行く目的もちゃんとしてるし」

そこまで言って、足もとに目線を落とす。

「あたし、本当にダメなんだ。 自分が何をしたいか、全然わかんなくて」
「木下サンは、ダメじゃない」

低い声が、力強く否定した。

「部活が終わっても、学校の裏の空き地で一人で練習してる。
 そういう努力ができる人は、偉い」

唖然として、思わず隣のコワモテを見つめる。
部活の子にも内緒にしてたのに。

「何で知ってるかは秘密」

山田君はふいっと目を逸らせて言った。




・・・ようやく、バスがやってきた。

「話、聞いてくれてありがとね」

目を逸らせたままの山田君に、少し笑ってお礼を言う。
引きつり笑いじゃない、ちゃんとした笑顔。

「・・・俺で良ければいつでも」

横目でこちらを見る目元が、いつもより優しい。

やっぱり、山田君は自転車で帰るらしい。
立ち上がり、横の自転車に手を伸ばす。
あたしたちの上で、相変わらず蝉がじーわじーわと鳴いている。

「決めた」

後ろに立つ山田君が、唐突に言った。

「もっと、木下サンにふさわしい男になる」




ニヤリと笑い、自転車に跨って去っていく。
再び唖然とするあたし。
蝉の声が、一瞬ひどく遠ざかる。

「お嬢ちゃん、乗るの? 乗らないの?」

バスの運転手さんが不思議そうに声をかけるまで、そのまま立ちつくす。




山田君の言葉の本当の意味を知るのは、二学期が始まってからすぐのこと。
彼はなんと、生徒会長に立候補して周囲の度肝を抜いた。

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