リーゼントな山田君 夏

リーゼントな山田君の手は、大きい。




* * *




ぜえぜえと息を切らせて、足を止めた。
自転車置場で、音楽を聞きながら激しくヘッドバンギングするリーゼントのシルエット。
・・・真っ赤な夕陽に照らされて、何だかとってもシュールです!
声、かけれない。

息を整えながら見守っていると、見なれたコワモテがひょいとこっちを向いた。
鋭い目が見開かれて、バツが悪そうに耳からイヤホンを外す。

「・・・」
「・・・」

気まずい沈黙。

「・・・もう少し、時間かかると思った」
「・・・走ってきたから」

学校近くの塾からここまで、普段は歩いて7分。
でも、今日は特別。
待っててくれるこの人に早く会いたくて、全力で走った。
部活やってた頃より足が鈍ってたけど、彼を驚かせる程度には早かったらしい。

山田君は、ぶっきらぼうに自転車の後ろを指し示す。

「乗って」
「や、さすがに今日は・・・疲れてるでしょう」
「いいから」

遠慮したものの、恐ろしくきつい視線で無言の圧力をかけられ、降参した。

「・・・おねがいします」

後輪の出っ張りに足をかけて、山田君の肩に掴まる。 彼は、力強くペダルを漕ぎだした。




高校、最後の夏だ。




5月の県予選で、あたしはバドミントンの団体戦に出た。
結果は、準々決勝まで行ったものの、そこで敗退。 インターハイまでは、届かなかった。

出場したメンバーでたくさん泣いた。
すごく悔しかった。
けど、思い残すことはない。
あたしは、自分にやれる精一杯のことを、やったと思う。

山田君は空手の組手、個人戦に出場したけれど、日程が重なって応援に行けず、本当に残念だった。
けれど彼は、青台空手部始まって以来、初の県大会優勝をもぎ取り、次の地区大会に駒を進めた。

その地区大会は、明日。




「いよいよだね」
「ん」

気負った感じは全然しない。
山田君はいつもの山田君だ。

「明日、応援行くよ」
「ん」

昼間の暑さがやわらいでも、空気は温い水のようにあたし達に纏わりつく。
駅に着いて、山田君の漕ぐ自転車から降りた。

「これ」

あたしが差し出したのは、手作りのお守りだった。
和風柄の布に、下手くそな 「必勝」 の文字を刺繍。 すーーーーごいぎりぎりで、間に合った。

「ありがとう」

・・・。
うわぁ。
山田君の満開の笑顔は・・・バレンタインぶり! 感動!

何度も指に針をぶっさしたけど、作って良かった。
文字も、「押忍」 とか 「銀蝿」 にしようかと迷ったけど、やっぱり自重して良かった。
彼はニヤリと笑って、自転車の向きを変える。

「じゃ、明日」
「が、頑張って!」

軽快にペダルを漕ぐリーゼントのシルエットが、小さくなる。




「眠い・・・これで勝てなかったらあいつの首絞めてやる」
「ちょ、やめて」

翌日は、見事に快晴。
真っ白な雲があちこちに浮かぶ、完璧な夏空だ。

あたしはマッキーと、隣県の総合運動場できょろきょろしている。

「武道館、この近くだと思うけど・・・」
「あ・・・伊野君みっけ! 空手部軍団じゃん!」

遠くの点のような人影を指さし、マッキーは嬉しそうに言った。
両目2.0の彼女はこういう時、すごく役に立つ。




「あ、沢田さん、木下さん。 おはよー」

全力で追いかけてきたあたし達に気づいて、伊野君が笑った。
全然知らなかったんだけど、伊野君と清香ちゃんはいつの間にか付き合い始めたらしい。
驚いたけど、なんか納得。 清香ちゃん、最近急に大人っぽくなったもん。

ざわめく武道場に入る。
空手部の中で、この大会に残っているのは山田君だけだ。
彼はすでに、顧問の先生と車で会場入りしてるはず。




落ち着かない気持ちで、シートに腰を下ろす。
マッキーは伊野君に清香ちゃんのことで絡み始めた。
困り顔の伊野君に、普段なら割って入るんだけど今日はそんな余裕がない。

本当は、格闘技を見るのが苦手。
痛そうなのがだめで。
でも、今日は絶対に目を逸らさないと、決めた。




しばらくすると、一回戦の第一試合が始まった。
他校同士だけど、初めて見る組手の試合に、緊張が高まる。

空手の組手は、8ポイント先取、もしくはポイントを多く取った方の勝ち。
技によって、点数が3点、2点、1点に分かれる。
試合時間は、二分。

三年間必死に部活をしてきて、それがたった二分で決まってしまう。
すごく、すごく短いと思ってしまう。
けれど、そこに全てを賭けなくちゃならないんだ。




・・・始まった試合は、ものすごい迫力だった。
素早く繰り出される蹴りや突きが、空気を裂く。
・・・やっぱり・・・痛そう。
やがて、試合終了の合図に、選手同士が握手してマットを降りた。

「次だね」

強張っているあたしに、伊野君が声をかけてくれた。
ぎこちない笑みを浮かべる。

「あ、来た」

山田君が入場する。
頭に防具を着けてるから、今はリーゼントじゃない。 ・・・なんかちょっとだけ、和む。
いやそんな場合じゃないんだけど。

彼がちらりとこちらを見た。 瞬間、周りが無音になる。




試合開始。
序盤、お互い技を出し合うものの、ポイントに結びつかない。
ハラハラしながら見守ってたけれど、一分を過ぎたところで流れが変わった。
相手の突きを避けた直後、山田君の上段蹴りが決まって周囲がどよめく。
勢いに乗った彼は、更に突きで2点のポイント奪い、その試合に勝った。

ほっとしたのも束の間、試合時間が短いからか、すぐ次の出番が来る。
・・・胃が痛い。

二回戦は一転、ポイントの取り合いになった。
バシッバシッと、痛そうな音が響く。
心臓が掴まれたみたいに、胸が苦しい。 でも、目を逸らすわけにはいかなかった。
5−5の後半、フェイントに引っ掛かった相手に山田君の連続技が決まった。
思わず、全員で立ちあがって歓声を上げる。




次の三回戦。 相手は、春大会で全国ベスト4の選手らしい。

「勝てれば、インターハイ行けるんだけど」

そう説明した伊野君の表情に、苦さがよぎる。
思わず手をぎゅっと握りしめる。

この試合が始まる前、声をかけに行こうか、迷った。
けど、やめた。
集中してるはずの彼のペースを、乱したくない。
お守りに願いを込めたから大丈夫、と言い聞かせる。




────あたし達が見守る中、三回戦が始まった。
体格的には山田君の方が有利だけど、その差を感じさせないほど相手の動きは、早かった。
押されてる。
それでも、山田君は相手の動きをよく見てた。
何度も決まる、と思われた蹴りを避ける。
2−2のまま迎えた、残り10秒。
突きをかわした足もとに、払いがかけられた。

・・・ポイントを取り戻せないまま、試合終了の合図がかかる。
山田君は、インターハイまで本当に後一歩、だった。




会場を出ていく後ろ姿に、反射的に席を立った。
勘が告げるまま、建物の裏に走る。

ふと、目の端に見慣れたスニーカーが見えた。 芝生に植えられた木の傍に、彼はいた。
ゆっくり歩み寄り、隣に座る。

・・・長いこと、黙ってそうしていたような気がする。
でも、思うより短い時間だったかもしれない。
重い沈黙はゆっくりと解けていく。 ぴりぴりとした空気の色も、少しずつ優しいものに変わる。
おずおずと口を開こうとした時。

「インターハイ、連れていきたかった」

山田君が低く呟いた。

「もっと見ててほしかった」

・・・何を言おうとしたか、一瞬で忘れた。
胸にいろんな感情が溢れたけど、ちっとも気の利いた言葉が出てこない。
泣きそうになって、でも必死で我慢した。
何だか、それは卑怯な気がしたから。

代わりに、ちょん、と空手着の裾に触れた。
その手を、大きな手が包む。




────この時見上げた空を、一生忘れないだろう。
あたしは右手に少し、力を込めた。

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