沢田麻紀の場合 3

今朝、軽く雨が降ったせいか、玄関の植木の色がしっとりしている。
その艶のある葉っぱを眺めて、ため息をついた。
一日中雨だったらこんなことにならなかったのに。

・・・・・・というのもですね。




「アーさんを花火大会に連れていけ」 と言われたのは、つい二時間前。
買い物先でポスターを見た、母さんの命令だった。

思いついたら即行動、が信条のうちの両親。
速攻、アーさんに父さんの昔の浴衣を着せ。
私に、タンスの肥やしになっていた母さんの浴衣を着せ。
私たちを玄関に放り出した。

自分たちが連れてけばいーじゃん、とさんざん抵抗したけど、

「父さんは頻尿気味なんだ。 トイレ並ぶの無理」
「一人で父さんをお留守番させるの、可哀そう」

とのたまいやがり、「どうせ暇でしょ」 と押し切られたのだ。




・・・・・・ったく、しょうがないな。
ため息をついて、アーさんを見上げる。
すると、彼はこっちを向いたまま硬直している。
瞬きも忘れて。
目、乾くよ?

「 I really understand ・・・ moe ・・・」
「は?」
「ユカタ、カワイイ!! とても、カワイイ!!」

叫び出したアーさんに、道行く人が振り返った。
・・・恥ずかし過ぎて死ねる。

「いいから歩いて! そして黙れ」

アヤシイ浴衣の外国人を引きずって、私は駅へと歩き出した。




駅から河川敷への道は、結構な人で混んでいた。
道端に並ぶ屋台が気になるアーさんは、余所見しまくり。
・・・なんかはぐれそうだな。
と思ったら案の定、目を離した隙に彼の姿が見えなくなった。

慌てて引き返すと、迷子はすぐ見つかった。
背の高い金髪頭が、おろおろしてるのが向こうに見える。
目立つから便利だわー。 ・・・じゃなくて。

「アーさん!」

大声で呼ぶと、彼は全力で振り向いた。
泣きそうな顔で駆け寄ってくる姿がちょっと笑えた。
またはぐれて探すのも面倒だし、私の浴衣の袖を掴ませる。
本当はリードでもつけてやりたい。 犬っぽいし。

でも、袖を掴んで安心した表情は、犬というより無邪気な子供、だった。
丈が短い父さんの着物がやたら似合ってて、これまた笑える。




・・・よし、もう、はぐれないだろ。
安心、安心。
あ、そういえば、母さんが 「ご飯は食べてきていいからね」 と言ってたな。

「アーさん、何か食べたい?」

大人しくついてくる彼の方を向いた。
その時だった。

すぐ後ろにいた数人連れの一人と目が合った。
彼は、私とその隣を見て目を丸くした。
それから、「よ」 と軽く声をかけてきた。

・・・・・・蔑みを含んだ視線に、無意識に体が強張る。




腕を強く引っ張られた感覚が蘇る。
そう、そして頭が真っ白になって。
気がついたら膝蹴りがこいつの鳩尾にキマってたんだ。
・・・吐き気がする。




できれば、二度と見たくなかった顔。
コンパの後、私を無理やり連れ出そうとした先輩だった。

固まってる私を追い抜きざま、「カマトトぶってたくせに」 と奴はご丁寧に囁きやがった。
なのに、私は言い返すこともできず、ただ突っ立っていた。
先輩が視界から消えて、ようやく、悔しさと、竦んでしまった自分への怒りが湧く。

・・・・・・つーか何だ、カマトトって。
いつの時代の人間だお前は!
────思考が戻ってくると同時に内心悪態をつきまくる。
そうして怒りに震えていると、手に柔らかい何かが触れた。

ゆっくり目を上げると、アーさんが心配そうに私を見ていた。
ぎこちなく笑うと、青い目が優しく笑い返す。

「ダイジョブ?」
「・・・大丈夫」

気づけば、ゆっくり手を引かれて、歩き出していた。
立場が逆転した、とか、アーさんのくせに空気読みやがって、とか。
そんな考えも、浮かばない。




─────花火会場まで来たところで、手が離れた。
河川敷の芝生の上に場所を確保してから、何も食べ物を買わなかったことに気づく。
「ここで待ってて」 と告げると、早足で露店に向かう。




外国人でも抵抗無く食べられそうな、とうもろこしや焼き鳥を買って戻る。
彼は私を見つけた瞬間ぶんぶんと手を振った。
平常に戻った頬が、また熱を持つ。

しばらくして、花火が始まった。
アーさんは、某電気鼠を模した黄色い花火を指差して大喜びしている。
私はといえば────完全に、上の空。
どーした私。

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