沢田麻紀の場合 4

花火を見に行った日は、アーさんのホームステイの折り返し地点だった。




あの日以降も、アーさんはいつものアーさんに見えた。
一方、私の心はいつも、嵐の海の小船みたいに揺れていた。

一緒にいると嬉しいくせに、照れて上手く話せなかったり。
急に胸が苦しくなったり。

アーさんの意外な一面を知るたび、ますますひどくなっていく。

何だこれ。
こんな感情、知らない。




────その正体に気づけないまま、終わりはやってきた。




「マッキー?」

呼ばれて、テーブルに突っ伏した顔を上げる。

「この世の終わり、って顔ねー」

呆れたような声が降る。
佳奈だ。

「・・・さっき、アーさんを中央駅まで送ってった」

空港行のバスに乗ったアーさんは、最後まで笑顔だった。
だから、私も笑った。
でも、バスが見えなくなった瞬間。
途方に暮れて、佳奈を呼び出す以外、何も思いつかなかったんだ。




「その様子だと何にも言わなかったのね」
「・・・・・・何って?」
「だから、あんたはアーさんが好きだったんでしょ?」

ファーストフード店の薄いテーブルに置かれた携帯電話が、軽く二分を刻む。

「おごぇッ!」

舌噛んだ。

「・・・私ってアーさんを好きなの?」
「それ以外の何物にも見えないけど」




その言葉にはっとした。
そういえば、思い当たることはいくつもある。
アーさんが好きなマンガの女の子に訳もなくイラついた。
じゃがりことコアラのマーチ、どっちを買うか真剣に悩んでる顔に、ドキドキした。

・・・・・・うはー。
なんか私、めっちゃ阿呆っぽいな!




「で、どーすんの?」

思わず考え込んだ私を、佳奈が現実に引き戻す。

「今なら、まだ間に合うかもよ」
「間に合う?」
「だから。 自分の気持ちに気づいたんだったらさ、追いかけてみれば?」

「ここでうじうじしてるより、らしいんじゃない」 と彼女は付け加える。

「そーかな」
「そーよ」
「・・・ですよね」

言いながら、席を立つ。
「頑張るのよー」 と後ろから声がかかる。
私はもう、走り出していた。




────携帯で時刻表を調べて、空港行の特急に乗った。
いてもたってもいられない気持ちで、電車の中の時間を過ごす。
ようやく着いた目的地でホームに飛び出した。

早足でエスカレータを昇り、出発ロビーを目指す。
もしかしたら、もう出国のゲートに行っちゃったかもしれない。
人の少ない、どこか空虚さが漂うロビーで、焦りながら周囲を見回す。




・・・・・・あ。

いた。
ゲート前の荷物検査の列に、柔らかそうな金髪が。
視力2.0をなめるなよ。




「アーさん!」

私の声に、金色の頭が即座に振り向く。
青い目を丸くする彼のそばに、息を切らせたまま近づく。




「好き」




その、空のような色を真っ直ぐ見て、言った。




「アーさんが、好き」




アーさんはぽかんとしてる。
・・・・・・英語で言わないとだめか?




「えーと、ラブ?」




────その瞬間、私の視界は彼のシャツで埋まった。




ああもう。
私、何にもいらないや。
今、この瞬間、死んだっていい。

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