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リーゼントな山田君


* 大学三年生 春 *




いつも。 どんな時も。




* * * *




山田君と出会って五年。
カレシカノジョになって三年。

こんな日が来るなんて、正直全然思ってなかった。

だってさ。 あの、山田君がだよ。
あの髪型に命かけてる彼が、リーゼント卒業だなんて・・・!

でも、これは夢じゃない。 現実だ。
そう。 ・・・今日、山田君はリーゼントを卒業します!




感慨深い気持ちで、あたしは山田君ちへ続く道をてくてくと歩いた。
髪をふわりとなでる春の風が、きもちいい。
ふと目を上げると、大きな桜の木。 その枝の蕾がほころびはじめてる。

ピンポン

チャイムを鳴らすと、「はーい」 と返事があって、山田君のお姉さんが顔を見せた。
相変わらず山田君そっくりなお姉さんは、相変わらず美人です!

「どうぞー鈴ちゃん。 あいつ中で待ってるわよー」
「すみません、お邪魔します」

手招きするお姉さんに会釈しながら、あたしは家に上がらせていただいた。

「あら鈴ちゃん、いらっしゃい!」
「ああ、こんにちは」
「こんにちは、お邪魔してます」

リビングでお茶を飲んでいたお父さんとお母さんに挨拶をする。
山田君のご両親には今や本当の娘のようにかわいがられてて、すごくすごくありがたい。 けど、ちょっと照れる。

「あの、すみません。 今日は少しだけ洗面所に入らせてもらってもいいでしょうか」

一応、そんな待遇であっても、人様の家だ。
丁寧に頭を下げる。 すると。
「気にしないでー。 今日は特別じゃない?」 とお母様。
「ほらほら早く行ったげてー」 とお姉様。 お父さんはにこにこ笑ってる。

「ありがとうございます」 と頭を下げて、洗面所の山田君を探した。

「・・・うす」
「・・・おじゃましてます」

ドアを開けると、お風呂上りっぽい山田君。
前に一緒に行った温泉旅行を思い出して、少しドキドキする。
軽く髪を上げただけの山田君が、少し困った顔であたしを見下ろした。

「そんなに見たいのか」
「・・・あの、嫌じゃない?」
「別に、いい」

カバンから急いでデジカメを取り出す。

「ささ、始めてください」
「・・・ああ」

神妙に言うと、山田君はハードジェルを手に取った。




・・・いやー、一回見てみたかったんだよね! リーゼントのできる過程!
だって、今まで見せてくれなかったんだもん。
頼みこんだら山田君は仕方ないな、と言ってくれた。
だから今日。 最後のリーゼントを胸に焼きつけようと思ってあたしはここにいるのです。




デジカメの動画モードで、サイドをなでつける様子や、ドライヤーでガッチリ固めるところまで、あたしは怪しいパパラッチのように撮りまくった。
微妙な顔をしてた山田君も最後はノリノリで、

「はいこっちにガン飛ばしてくださーい」

とカメラを向けたら、ギン! と音がしそうな鋭い視線を向けてくれた。
あたしは本気でびびって二歩ほど後退する。

「あんたたち、何やってんの」

いつの間にか背後で様子を見てたお姉さんに、爆笑された。




「お騒がせしてすみませんでした」

玄関で手を振るお姉さんとお母さんに頭を下げる。
それから、ちょっと先で待ってくれてた山田君を追いかける。
並んで歩き出しながら、あたしは背の高い彼を見上げた。

「・・・リーゼントじゃなくなっちゃうね」
「だな」

あたしたちは三年生になる。
そろそろ就職活動を始めなきゃいけない時期だ。
そのための書類や、証明写真なんかも必要になる。

さすがにその写真をリーゼントで出すわけにはいかない。
なので、山田君は髪を切る決意をしたんだ。




電車に揺られて、大きな町の方へ出る。
駅から少し歩いた美容院は、わりと混んでいた。
ガラスの扉を開けて中へ入っていく山田君を見送る。
受付の人は、彼をにこやかに中へと案内した。 いろんなお客さんがいるから、リーゼントくらいじゃ驚かないのかも。
あたしはその後姿を見届けてから、近くのカフェに入った。




・・・一時間経過。
もう、終わったかな、と携帯に手を伸ばす。
その先、テーブルの向こうに誰かが立った。

目を上げて息を飲む。

「・・・変か」

その低い声に我に返った。 いそいでぶんぶんと首を振る。

「すっごい似合うよ!」

全力で褒めたら、山田君は照れくさそうに少し笑った。




* * * *




「山田の断髪式に、かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
「・・・乾杯」

夜は、ひさびさに高校メンバーで集まった。
山田君が髪を切る、とぽろっとマッキーに零したら、「じゃあ断髪式しなきゃいけないじゃん!」 って話になったんだ。
といっても、ただの飲み会なんだけど。
・・・お酒や料理に手をつけつつ、みんなの視線はこざっぱりした彼の髪の上をちらちらと通り過ぎる。

「すっかり爽やかになっちゃって、別人ねえ」
「ほんと」
「結構短くしたよね!」

佳奈、ミヤポン、マッキーが口々に感想を述べる。

「今のお前が視界に入ると、ケツがムズムズすんな」
「うるせえ」

伊野君と山田君は相変わらず仲良しだ。
ちびちびとサワーを飲んでる清香ちゃんが笑う。

「で、鈴はどーなの? 彼女の感想も聞きたいわ」
「え」

いきなり佳奈に話を振られたあたしは、固まる。
ちらりと山田君を見たら、彼はふいっと目をそらす。

「・・・・・・かっこいいと、おもうよ・・・・・・」
「はいごちそうサマー!」
「こーのー★ 万年新婚カップルめーーーー!!」
「いっ」

ひゃひゃひゃと爆笑するマッキーにデコピンされる。
隣の山田君の耳が少しだけ赤くなったのは、お酒のせいか。 ・・・それとも気のせいか。




場がお開きになって、みんな 「じゃーねー」 と手を振りながら帰っていく。
結構遅い時間になったから、山田君が送ってくれることになった。
春になったとはいえ、夜はまだまだ肌寒い。

「・・・頭がスースーする」

ぼそっと呟いた山田君に、思わず笑ってしまった。
「笑うな」 と言われても、酔っ払いの笑いはなかなか治められない。
不意に、頬に柔らかいものが触れた。
山田君の顔が離れていく。

顔を赤くして俯く。

混乱する頭の奥で、こめかみに何も掠めないのが寂しいと思う。
でも、リーゼントじゃなくなって一番寂しいのは、きっと、本人だ。




いつかの公園を通り過ぎる。
辺りに人影はなくて、世界に二人きりのような錯覚をおぼえる。
うん。 だとしても寂しくない。
きっと無人島に二人きりでも、あたしは。

「・・・山田君」
「何」
「・・・今の髪型も好き」
「ん」
「前の髪型も好き」
「・・・ん」
「・・・・・・どんな山田君も大好きだよ」

・・・はぁ。 言えた。
自分で言ったくせにうろたえるあたしに、山田君は少し笑って肩を寄せる。




唇に柔らかいものが触れて離れていった。
閉じていた目を開ける。
シルエットの変わった山田君の肩越しには夜空。

泣きたいような、笑いたいような気持ちで、彼の肩におでこをくっつけた。
そっと髪が撫でられる。

これから、あたしたちはどんどん大人になって。
今日みたいに、変わってくこともあるんだろう。

でも。
ずっとこの人の隣にいたい。
彼が、いていいと言ってくれるのなら。




「いつか一緒のおうちに帰れたらいいね」

小さく呟いたら、山田君は鋭い目を丸くした。
そして 「・・・だな」 と言って笑った。




数年後。
それは本当になった。




* * * *




ウエディングドレスを着て、タキシードの彼に寄り添う。
バージンロードを歩く途中、マッキーは爆笑してるのかと思ったら、驚くことに泣いていた。
その肩をぽんぽんと叩きながら、佳奈も清香ちゃんも、ミヤポンまでが涙ぐんでいる。

やばい。 あたしまで泣きそう。
涙をぐっと堪えて、神父様に向かう。

「永遠の愛を誓いますか」
「誓います」

・・・・・・あたしの名前は、木下鈴から山田鈴になった。
今日から彼と同じ家に帰る。

ベールを上げて覗いた顔はひどく緊張していた。

「誓いのキスを」

彼の唇がおでこにふれる。

閉じた目を開いて、笑う。 あれから随分と大人びた彼の顔にも、満開の笑顔が咲いた。



<END>

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