Souls Flow

二章 廻リダス世界 03

厩の並びに建つ古ぼけた木造の待合室には、馬車を待つ人々がちらほらと佇んでいる。
宿を後にして、この乗合馬車の駅まで歩いてきた二人は、入口近くの壁に張り出された時刻表の前に立った。 目的の馬車が出発する時間までに、今から一刻以上ある。
ほっそりとした顎に手を当てて思案してから、アンリは長身の男を見上げた。

「出発までここでぼーっとするのも何だし、神殿に寄ってこよっか」
「・・・ああ」
「あ、はぐれないように気をつけてね」

小さな子どもに注意するような言い方だったが、ミロは気分を害した風もなく頷いた。
待合室の外に出て、朝の日差しが降りそそぐ石畳の道を二人は歩き出した。

・・・話し合った末、彼らはサンティの手前の町、エンクまで馬車を使うことに決めた。
内陸からこのメーヘレンに至る街道は、レジエの森を大きく迂回しているため、森を直線的に突っ切った方が断然早道だ。 しかし、ここからエンクへは、ほぼ直線であるため馬車の方が早い。
そこから先の道程は徒歩でも一日で行ける距離なので、エンクに一泊した後は足でサンティに向かう。

(にしても) と、初夏の木々を映したかのような緑の瞳が隣を歩く男の横顔をちらりと見た。
己の力を過信して森に入った自分も軽率だが、あの方向感覚で森を通過しようとするなんて、無謀というか自棄というか。
ここに来るまでの短い間にも、目を離せばすぐ明後日の方向に行ってしまうミロに、アンリは複雑な心境を覚えていた。
もちろん、彼自身に恩義を感じてはいる。 だが、道に迷った彼が自分を助け、更に自分が彼を森から脱出させたことに、「双神の創りたもうた世界はうまいことできてる!」 と感じずにいられなかった。
惑う者あらば、救われる者もまたあり。
神殿に寄ろうと思い立ったのは、そんな理由からだった。 偶然の出会いを感謝するついでに、旅の加護を祈願しておいて悪くはないだろう、と。
少年の形をした小柄な旅人は、少し後ろを歩く男をちらりと見た。

(・・・森で会った人と同一人物だなんて、服とかに覚えがなければ信じらんないな)

すれ違う妙齢の娘たちの視線を浴びつつ、ミロは気にした様子を欠片も見せない。

(やっぱ変わってる、よね)

秀麗な横顔から視線を外し、アンリは軽く空を仰いだ。



ほどなく、町の奥の広場に面した神殿が見えてきた。
白い大理石を積み上げて建てられた神殿の入口には、縦に細かく溝が入った巨大な円柱が並び、破風には鳥を模した彫刻が施されていた。
その白亜の建造物を、樹齢数百年はゆうに越えそうな大木が取り囲む。
長い年月によってしか得られない風格を湛えた神殿を、二人は見上げた。
以前は美しく磨かれていたであろう白亜の外壁はけれど、今は苔に侵食されつつあり、その輝かしさを失い始めているようにも見えたのだった。

円柱の間を通って建物の内側にはいると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
目に見えぬ圧迫とともに、厳かな雰囲気に包みこまれる。
神が遣わした聖鳥が失われ、信仰に翳りが見えはじめた時代にあっても、人々の祈りが染みこんだ静粛な空気までもが簡単に変わるわけではないようだ。
アンリは知らず、ほうっと息を吐き出して目を上げた。

正面に聳える大壁には、双神アエリスとテイレスを表した放射状のレリーフが飾られている。
創世神である二柱の神は、アエリスが金、テイレスが銀の 「光」 として表現される。 ゆえに、レリーフの表面にはそれぞれ金と銀の箔が施されていた。
中央には、聖鳥アージェの像が翼を広げている。 双神は、創世という役目を終えて消え去る前に、世界の秩序を保つためにあの光の鳥を遣わしたとされる。 そのためアージェは広く人々の信仰を集め、ロダール大陸の歴史の中で多くの神殿が建立された。
アンリは正面の像から左右の壁に目を移した。 鮮やかなモザイクを敷きつめたそれは、創世の物語を図象として訪れる者に伝えている。

「あれは何だ? どんな意味がある」
「えっ・・・・・・知らないの? 創世神話を」

その壁画を示して聞かれ、アンリは思わず自分の耳を疑った。
問うた相手の顔を覗き込むと、夜空を映す瞳に気まずそうな色が浮かぶ。

「もしかして、神殿に来るのも初めて、とか・・・・・・・。 ・・・ほんとーに?」

無言の肯定を受け取って、アンリは考えこむ。
どんな小さな村にも簡易な祭壇くらいはあって、子供は寝物語にアエリスとテイレスのお話を聞かされるものだと思っていたが────

(でも、自分の常識が全て、ってわけじゃないしね)

思い込みで判断されるのは、誰にとっても不本意だろう。
それに、何を信じるかはそれぞれの自由だとアンリは思っているし、地方によって信仰の様式が違っていても別段おかしなことではない。
そう思い直し、無表情にこちらを窺うミロの方を向いた。

「僕でよければ、簡単に説明するよ」
「・・・ああ」
「じゃあ、あそこの絵からね」

アンリは端の絵を示し、透き通る声でこの世界で広く信じられている創世の神話を紡ぎ始めた。



────世界の始まりは、全ての粒が均等に散らばった 「混沌」 だった。
「混沌」 の変化は、ゆっくりと訪れた。
気の遠くなるような時間をかけて、粒が引き合い、あるいは反発しあい、やがてそこに偏りが生じた。

「混沌」 の偏りは次第に大きくなり、差が究極に広がったとき、そこから二柱の神が誕生した。
密度の薄いところからアエリス、濃いところからテイレス、という双神が。
「混沌」 より生まれ出でた双神は、周りに散らばる粒をその重みで分かちあった。
そして、アエリスは、軽い粒から風と火を。
テイレスは、重い粒から水と土を創った。

さらに、アエリスは天を創造し、そこに太陽と二つの月、無数の星と、雲と雨を配した。
テイレスはナダール大陸と五つの海を創造し、そこに数多の生命を生み出した。

最後に双神は力を合わせて人間を創造し、万物の霊長としての知恵を授けた。
その代わり、神の御使いたる聖鳥アージェを守護し崇敬するよう伝えると、双神は力尽き、自ら生み出した世界に溶けて消えた。



「───とまあ、そういう感じ」

軽く締めくくるとミロはなるほど、と納得した様子で頷いた。
その後は、大地や空を描いたモザイク模様に目を細めて見入っている。
彼の邪魔をしないようにひっそりと気配を殺していたアンリは、しばらくして 「あ」 と声を上げた。

「そろそろ戻らないとやばいかも!」

慌てて隣の長身を促し、中央の祭壇に急ぐ。
花が置かれた祭壇の前には、祈りを捧げる者の姿がある。
それに続く列の最後尾に彼らは並んだ。
少し待つと、すぐに二人の順番がやって来た。
大理石の床に跪くと、ミロもそれにならう。 そして鮮やかな緑の瞳を閉じたアンリは、静かに旅の無事を祈願した。

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