Souls Flow

二章 廻リダス世界 05

疾風のごとく魔獣の群れに駆け寄りながら、二人は剣に手をかける。
黒髪を靡かせ、ミロは抜き打ちで一頭を切り伏せた。

キイィィィアァァァ!

金属を擦り合わせたような悲鳴を上げ、闇色の体がたちまち塵に変じた。
普通の生き物と違い、魔獣の体は黒い幽体で包まれた骨格と核で構成されている。
体を支える主要な骨か核を破壊すれば、存在を保てずに消失する。 それが彼らの 「死」 だ。

アンリはすらりと剣を抜いた。 掌から加減のない魔力を流しこみ、水平に薙ぐ。
そこから生じた鋭い風の刃が、荷車の主に飛びかかる魔獣の体を両断する。
唸りを上げて威嚇する別の一頭も、不可視の凶器によって倒された。

突如出現した敵に、魔獣たちは禍々しい真紅のたてがみを逆立たせ、吼えた。
アンリは耳障りな咆哮に細い眉を寄せる。
敵意の篭った爪を地に転がってかわし、起きざまに鮮やかな一閃を食らわせる。
風の力を借りた斬撃は、魔獣の心臓たる核に到達した。 黒炎の体が塵となって舞い踊る。
荷車の向こうでは、神速とも呼べる速さで剣を捌くミロが闇色の獣を次々と薙ぎ倒していた。
残る二頭との距離を素早く詰め、右の一頭を切り捨てると返した剣で最後の一頭の首をはねる。
足元に積もる獣形の塵を一瞥し、男は手にした大剣を鞘におさめた。
二人が駆けつけて僅か数分。彼らの他に動くものはもうない。
剣を仕舞いながら、アンリは男に礼を述べた。

「やっぱりあなたは強いね。 本当に助かった、ありがとう」
「気にするな」

素っ気ない返事は、けれど決して冷たくはない。
微笑を浮かべたアンリは、ふと眉を曇らせた。

「にしても・・・魔獣といえど、殺しちゃうのは後味が良くないね」

魔獣は、襲った者の魂を糧にして際限なく仲間を増やす。
生命の環から外れた忌むべき生き物だ。
だとしても、彼らだってそんな風に生まれたかったわけではないだろう。
息とともに嫌な気持ちを吐き出して、目線を上げた。
その先に、荷車の主の農夫らしい男が荷物の上で蹲っている。
幸い、彼に怪我はなさそうだ。 しかし、側に寄って、「大丈夫?」 と差し伸べた手はパシンと払いのけられた。

「あ、あんた魔導師だろ」
「・・・そうだけど」
「寄らないでくれ!」

ため息を堪えて再度口を開きかけた時、背後の気配が変化したことにアンリは気づいた。
おそるおそる、首を回す。

(わ・・・)

ごくりと息を飲んだ。 アンリの連れは、鋭い目に氷の光を湛えて農夫を見据えている。
彼の容貌が整っているだけに、それは形容しがたい迫力があった。
男を目線で宥めたアンリは、顔色をなくした農夫に辛抱強く説得を試みた。

「また魔獣が出てこないとも限らないし、僕たちと一緒に移動した方がいいよ」
「・・・」
「ね、行こう」

提案に躊躇を見せ始めた農夫を促す。
迷った末、彼はのろのろと立ち上がった。 二人との同行に渋々納得したらしい。
胸を撫で下ろしたアンリが顔を上げると、無表情なミロと目が合った。
そこから怒りが消えているのを感じ、そっと微笑みかける。
やがて歩き出した三人の前方に、見覚えがある影を見つけてアンリは目を瞬かせた。

「馬車が待っててくれてる!」

街道の先にある黒い点は、近づくにつれて形が明確になってゆく。
確かにそれは二人が飛び降りたエンク行きの馬車だった。
駆け寄る三人を一瞥し、御者は 「早く乗れ」 と無愛想に告げた。

「おじさん、ありがとう。 今夜、この辺りで野宿するのはさすがに不安だったんだ」

満面の笑みを浮かべたアンリに御者は素っ気なく応じる。

「・・・・・・中の娘が、馬車を止めろって騒ぐからよ」
「うん」
「・・・無茶ばかりすんなよ」
「なるべくそうする」

「早く乗れ」 と急かす御者にぺこりとお辞儀した後、客室に入ると、乗り合わせた全員が笑顔で出迎えた。
アンリは照れ笑いを浮かべつつ母親のひざに座る幼女に 「ありがとね」 と、声をかける。
空いた場所にミロと農夫が座ったところで、馬車は再びゴトゴトと音を立てて動き出した。

(・・・ちょっと、魔力を使いすぎたかな)

小さくない疲労を覚えたアンリは、背もたれに体を預け、鮮やかな緑の瞳を閉じる。 そして、すぐにくうくうと寝息を立てて眠りの中へと落ちていった。



「・・・すまなかったな」
「いいよ、気にしないで」

別れ際の謝罪に、アンリは笑顔を返す。
気まずさを残しながらも、馬車に乗り合わせた間に農夫の態度は軟化していた。
冷静になり、恩義の方に気持ちが傾いたらしい。
この様子ならアンリの魔法を吹聴してまわることはないだろう。
今夜は知り合いを頼るという農夫を見送ると、駅馬車の停車場から二人は歩き出した。
朱に染まりはじめた空の下、アンリは連れを振り返る。

「宿を探したら晩ご飯にしよう、お腹すいちゃった」

そして、きょろきょろと宿の看板を探しながら呟く。

「しっかし、このローシェンブルグの街道で真っ昼間から魔獣が出るなんてねー。
 西の方なら分かるけど・・・」

かつて西の地を治めていたラ・トゥール聖導王国は、背徳の魔導師が率いる魔軍によって滅んだ。
王都ブランクーシを一夜にして陥落させたその魔導師は、けれどもラ・トゥール王家の滅亡とともに消息を絶った。
死んだと噂されているが、実際に確かめた者はいない。
なぜなら大陸一栄えた王都は、彼の支配下にあった魔獣や妖魔が白昼から跋扈する魔都と化したからだ。 その周辺に、人は容易に近づけぬ。
清浄であった西の地は、現在はそのせいで魔物の気配が濃い。
度重なる魔獣や妖魔の出現に、大陸西側の領土を引き継いだヤン公国は非常に手を焼いているとか。

アンリは、軽く首を振った。
神が遣わした聖なる鳥を失って以来、大陸は斜陽の中にいる。
世界は日に日に均衡を失いつつある、と人々は言う。
その証拠が、魔獣や妖魔の増殖である、と。

「────ミロ?」

物思いに耽っていたアンリは、背後からかけられた声で我に返った。
ミロと同時に振り向くと、そこにはすらりとした若い男が赤茶色の目を瞠っていた。
ミロほど長身ではないが上背のある体躯は程よく引き締まっている。
ふわふわと逆立った赤毛と、こめかみから顎にかけて綺麗に整えられた髭が目を引く。

「・・・・・・」
「・・・・・・誰? 知り合い?」

無言のままの連れをアンリがつつくと、彼は僅かに首を傾げた。

「あれ、忘れたのか。 二年前、ロセッティの商館で一緒に警護をしてただろう」

ミロは軽く目を瞬かせた。 男の言葉に思い当たったらしい。 彼の低い声が紡がれる。

「・・・名前は」
「ピエト」
「ああ。 思い出した」
「・・・・・・そういえば、人の顔を全然覚えない奴だったな、お前は」

ピエトと名乗った男は呆れて肩を竦める。
「にしてもほんと、変わらんな」 と、ミロをしげしげ眺めてから彼の後ろに目を移した。

「・・・で、そこの娘はお前の連れか」

振り向いたミロの後ろには、硬直しているアンリしかいない。
ピエトに向き直った彼は、おもむろに口を開いた。

「どこに女がいる」
「え? だってあれ」

対象を指そうとしたピエトは、当の人物が 「しーっ!」 と唇に指を当てているのに気づいた。
継ごうとした言葉を飲み込むついでに、その必死の形相に生じた笑いを噛み殺す。

「・・・いや、何でもない」

ほっとした表情を浮かべるアンリをちらと一瞥し、ピエトは真顔の男に視線を戻した。

「じゃあ再会を祝してどこかで一杯やるか。
 いい酒場を知ってるんだ。 エンクで一番飯が美味いんだぜ」
「え、行きたい!」

返事をしたのは誘われたミロではなく、その後ろのアンリだ。
断りの言葉を口にしかけたミロは、アンリの顔を見て沈黙した。
緑の双眸が期待にキラキラと輝いている。
ミロが否と言ったとしても、美味しそうな餌をぶら下げる目の前の男について行きそうな気配が明らかに漂っていた。
それが逡巡を生み、結局ミロは整った顔を縦に振った。

「・・・いいだろう」
「やたっ!」

飛び跳ねるアンリを見て、形の良い唇に苦笑が掠める。
その表情に、ピエトはわずかに目を瞠った。
彼が知る二年前の彼は、どんな状況にあっても決して無表情を崩す男ではなかったのだから。

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