Souls Flow

二章 廻リダス世界 06

ミロとアンリは、通りの先で見つけた宿に部屋を取った。
表で待つピエトと合流すると、三人は連れ立って店に向かう。
すでに薄暮が町を包み、家々に明かりが灯りはじめている。
どこか幻想的な風景は、郷愁に似た切なさをアンリの胸に呼び起こした。
だが、その感情は長続きしなかった。

(・・・お腹すいたなーーーー。 今日は魚食べたい魚)

今日は何が何でも魚を食べねば、とアンリは馬車を降りた時から固く心に誓っていた。
大河に近いこの地域はその豊かな恩恵に与っており、新鮮な魚が食べられると有名なのだ。
中でも評判なのが、その河で水揚げされる巨大魚リッピだ。
大人の背丈ほどに成長するこの魚、癖が無く揚げると旨味が増すらしい。 そう聞いては、試さずにいられない。

「ここだ」

ピエトに案内された先で、二人は 『四葉亭』 と書かれた看板下の扉をくぐった。
途端、活気に溢れた店内が目に飛びこむ。
広々としたホールに並ぶテーブルのほとんどが客で埋まり、陽気に杯を傾ける赤ら顔の男たちは、楽しげに談笑しながら料理に舌鼓を打っている。

「いー匂い!」

香りにつられて、アンリはひくひくと鼻を動かした。

「こっちだ」

四人掛けの四角いテーブルを素早く確保して、ピエトが二人に手招きをした。
そこに置かれた品書きを手に取ると、正面に座ったミロに酒を勧める。

「ここは黒蜜入りの杏酒がうまいんだ。 それでいいか?」
「ああ」
「はいはーい! 僕もそれで!」
「馬鹿、お前は酒の飲める年じゃないだろう」
「わかんないよ、めちゃめちゃ童顔な二十歳かもよー?」

ピエトが 「嘘言うな」 と返すと、アンリは笑って肩を竦めた。
アンリの外見は高めに見積もって14、5歳。
おおっぴらに酒が飲める年齢はもう少し上だ。
そんな軽いやりとりの後に、ピエトは給仕の若い女を呼んで、料理と二人分の酒、アンリの蜂蜜水を注文した。
アンリの強い要望で、本日のおすすめと書かれたリッピの衣揚げも頼む。
厨房に注文を届けた彼女は、すぐに飲み物を乗せた銀色の盆を手にして戻ってきた。
彼女はグラスを置くと、ごゆっくり、と頭を下げて、近くの空いたテーブルを片付けていく。

「じゃあ乾杯するか」

酒用の小さな杯を手に取り、ピエトは二人を促す。

「再会と、出会いに」
「乾杯」
「乾杯!」

三人は同時に杯の中身をあおる。
大きめの容器になみなみと注がれた蜂蜜水を半分ほど飲み干し、アンリは 「はーっ、うまい!」 と息をついた。

「・・・おっさんくさすぎだろ」
「え、そうかなあ。 ありがとう!」
「褒めてない。 そういえばお前、名前は?」
「アンリ」

ありふれた男性名に、ピエトは赤茶の目を意味ありげに細めたが、それに関しては何も言わない。 代わりに、別の質問を重ねた。

「お前ら二人は、一緒に旅して長いのか?」
「ううん、会ってまだ三日」
「三日!? 本当か?」
「うん」
「・・・本当だ」
「ふーん。 それにしては随分と打ち解けてるな」
「そうか?」

取っ手のついた酒瓶から琥珀色の酒を、空いた杯に注ぎながら、ミロは淡々と返した。
ピエトは赤茶の髪と同系色の形の良い眉を軽く上げた。
二年ほど前になるが、ロセッティの町で一緒に働いている間、どんなに彼がちょっかいを出してもミロは決して他人に心を開こうとしなかった。
一部で、ミロが 「鉄面」 と呼ばれていたことを彼は知っている。

「・・・お前、見た目は全っ然変わらないが、無表情はましになってきたな」
「これで!?」

あやうく蜂蜜水を吹きそうになったアンリは、慌てて杯から口を離した。
初対面の男に二日連続で蜂蜜水を吹きかけるのは、さすがにまずい。

「落ち着いて飲め」
「ん、気をつける」

夜色の切れ長の瞳が、アンリをちらりと見る。
こほん、と軽く咳払いしたアンリは、興味津々で口を開いた。

「ピエトとミロは、ロセッティで仲良かったんだ?」
「まあ、よくつるんではいたかもな。 一緒にナンパしたり」
「・・・えぇええ、まじ!? ミロがナンパ・・・全然想像できないんだけど」
「無理矢理、連れまわされていただけだ」

不本意そうにミロは眉を上げた。 一方のピエトは、だよなー、と言って笑った。

「つまり、こいつといるとナンパの成功率がむちゃくちゃ上がるんだよ」
「・・・だろうね。 それなら納得だな」
「そういう理由で、勝手に世話になった気になってる」

ニヤリと笑い、ピエトは洗練された所作で酒をあおった。
アンリは頬杖をついて男たちを見比べた。
ミロはもちろん、ピエトの方もかなり人目を惹く容姿だ。 すっきりと端正な顔立ちは冷たそうな印象を与えるが、笑えば一転して人懐こい雰囲気が漂う。
その差にやられる女性は少なくないだろう。

「おまちどうさまでした」

そこで、先ほどの給仕の女が料理を運んできた。
彼女も二人をちらちらと窺いながら、ほんのり頬を染めている。
「どうも」 とピエトが愛想よく声をかけると、給仕の女は照れながら会釈した。
だが、そんな男女の機微は、すでにアンリの眼中に無い。

「うわ、おいしそーー!」

刻んだ野菜を炊き込んだピラフ、キノコと卵のオムレツ。 そして本日のおすすめ、リッピの切り身の衣揚げ。
料理から立ち上る、食欲をそそる香りにうっとりする。

「ま、食おうぜ」
「じゃ、いっただきまーす!」

ピエトに促され、ほっそりした手を皿に伸ばす。

「そういやお前、『ルベンスの賢者』 には会えたのか?」
「まだだ。 これから会いに行く」

聞き覚えのある単語に、料理の存在を一瞬忘れてアンリは目を上げた。

「『ルベンスの賢者』?」
「お前、知ってんのか?」
「知ってるも何も・・・」

ピエトとミロを交互に見比べ、アンリは言いにくそうに口を開く。

「僕の育ての親、だけど────『ルベンスの賢者』、ジオットなら、三ヶ月前に死んだよ」

ピシリ、と音を立てて凍りついた黒髪の男に、アンリは慌てて言い添えた。

「でも、ルベンスとここは逆方向だよね。 ミロが会いたいのって、別の人なんじゃないの?」

アンリが住んでいたルベンス村はローシェンブルグ公国の西、内陸側だ。
そして三人が今いるエンクは、公都近くを流れる大河の河口も遠くない海側の地域である。
ローシェンブルグ公国の東南に位置するロセッティからアンリがいたルベンスに向かう場合、アンリとすれ違うならともかく行き先が同じになるはずがない。

「・・・・・・ルベンスは、公都の近郊ではないのか」
「・・・それ、間違って覚えたんじゃないか。 サンティ、じゃなくてサンティスだと思うぞ」
「ああ・・・あるね、近くにサンティスって町・・・」
「・・・・・・」
「ま、まー誰にでもよくある勘違いだよ!」
「・・・」

無言でずーんと落ちこむミロを浮上させようと、アンリは必死で言葉を継ぐ。 が、その努力は、もう一人の男によってぶち壊された。

「あれ? 勘違いはいいとして、ロセッティからこの町まで長くて数ヶ月の道程だろ?
 お前が旅に出てから二年は経ってるけど、その間何やってたんだ」
「ちょ、ピエト!」

アンリが男のよく回る口を塞ごうとしたが遅かった。
ミロの周囲の空気が、さらに凍る。
椅子に座ってなければ、両手両膝を地についたんではないか、とアンリは思った。

「ちょっと、外の風に当たってくる」

無表情に前を見据えていたミロは、ついと席を立った。
あーあ、という顔をしたアンリに、ピエトが申し訳なさそうに尋ねる。

「俺、悪いこと聞いた?」
「まあ・・・ミロは、レジエの森で一年半迷ってたから」
「ゲホッ! ・・・まじか。あいつ、方向音痴だから心配はしてたけど」

口元を拭きながら、ピエトは神妙な面を上げる。

「・・・レジエの森で一年半か。 気の毒だが、ある意味すごいな・・・」
「お陰で僕は救われたんだけど。 森で狼に襲われたところを助けてもらったんだよね」
「それが三日前、ってわけかー」
「そう。 でも、道に迷った上に行き先も間違ってて、その間に目的の人が死んでたらさ。
 ・・・へこむよねえ、やっぱ」
「だよな」

扉の向こうに消えた黒髪の男の内心を思い、アンリはため息を吐いた。

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